グランドギャラリーの大空間や半屋外のポルティコ(柱廊)を含む「じゆうエリア」の各所には、暖かみのある色調でテーブルや椅子などの什器が配置されています。「みなとが、ひらく」というビジョンと「多様性の実現」を軸に、あらゆる人が心地よく過ごせる美術館を目指し、インクルーシブデザインを取り入れたオリジナル什器の製作が進められました。
今回、新たな什器・サインのデザインを乾久美子と菊地敦己が担うことになりました。約3年にわたる大規模改修工事のための休館期間中、2日間のインクルーシブワークショップを実施。視覚障害(全盲/弱視)・聴覚障害・知的障害のある方、車椅子使用者(手動/電動)、杖使用者、高齢者、親子など多様な背景をもつ20人以上の方々に参加いただきました。こうした対話を経て完成した什器をいくつか紹介します。
テーブルと椅子は、高齢者や子ども、障害のある方など、あらゆる方にとって、触覚的にも視覚的にもやさしさを感じられる角のない丸い形状です。檜のストランドボードや金属板、布など様々な素材が使われています。
テーブルは大・中・小の3種類の大きさがあり、中サイズのみ高さが2種類、椅子はサイズや形状、素材が異なる10種類のバリエーションがあります。建物の御影石の色から抽出されたピンク系5色、金属系3色、布地に2色と、計11色のキーカラーがそれぞれに割り当てられていて、多様性がありながらも、やわらかな統一感を感じられる雰囲気です。
中サイズの高めのテーブルは、一般的なテーブルよりも高さがあり、電動車椅子など車体が大きめの車椅子に乗った方でも、そのままテーブルの下に脚を入れることができるようになっています。
椅子は布地の張られたクッション性のあるものと、テーブルと同様の素材を使ったものがあります。大きな椅子は、隣に荷物や飲み物を置くなどテーブルの役割も果たします。角のない丸い形状は、危険が少ないだけでなく、寄り添って座ることも、適宜、距離をとることも可能です。
また、取手が両側または片側に付いた椅子もあります。インクルーシブワークショップで杖使用者から特に多く声があがったのが、椅子から立ち上がるときに掴まる場所が欲しいというものでした。片側に付いた取手は背もたれとしても機能します。
受付カウンターは、御影石から抽出したさまざまな色の台を組み合わせて構成されています。高さの異なる台があり、低めの台には車椅子の方が脚を入れられるような空間があります。高めの台の手前には段差が設けられていて、手荷物を一時的に置くことができます。また、杖をたてかけるすべり止めシートも設置しています。
展覧会などの情報が詰まったチラシを置くための台は、トレイに傾斜をつけて、車椅子の方も、手に障害のある方も取りやすいように工夫されました。インクルーシブワークショップでは、縦置きだと車椅子の方などが取りづらいという意見があり、一方で平置きも取りにくいという声があがったことを受けてこの形状が採用されました。溝にボードを差し込むことができ、垂直面にチラシを貼ることも可能です。
また、チラシのトレイを外すとフラットな展示台になり、アクリルケースを被せて透明ケースの付いた展示台としても利用することができます。
グランドギャラリーの大階段には、自由にくつろぐことができる場所が複数設けられており、身近な家具である棚のほか、クッションも配置されています。棚にはさまざまな本が並べられ、展覧会に関連する書籍も揃っています。展覧会を鑑賞した後、その余韻を楽しみながら開放感あふれる空間でリラックスして過ごすことができます。
また、「くつぬぎスポット」は絵本が並んだ本棚や靴箱があり、小さなお子さんとも一緒に安心してくつろげる空間になっています。
来館者が荷物を入れるコインロッカーは、美術館内に4箇所あります。それぞれの設置場所に、車椅子の方が使いやすい高さに、車椅子マークの付いた優先のロッカーを配置しています。グランドギャラリーのロッカーには大きな荷物も入れることができます。御影石から抽出した濃淡のピンクの配色が、やわらかな印象で来館者を迎えます。
展覧会やイベントなど様々な状況に合わせて設置できる可動式看板は、3種類の大きさがあり、パネルが自由に取り替えられるようになっています。その脚にも工夫が施されていて、視覚障害のある方の白杖や、車椅子のタイヤ、子どもや高齢者の足が引っかからないように薄く、2本脚で安定して倒れにくい形状が採用されています。
これらの什器は、さまざまな当事者の意見を取り入れてつくられたもので、多様な方の来館に際して、日常の運用に特別なオペレーションを必要とせず、対応することが可能です。什器の組み合わせや配置を変えることで、さまざまなスタイルで過ごせる空間が生まれます。
今回のリニューアルで誕生したオリジナルの什器は、時代に即した新たなあり方を提案し、その可能性を広げます。横浜美術館を設計した丹下健三が大切にした「用途を定めない」という余白の思想が新しい什器と呼応し、ひらかれた空間を演出しています。横浜美術館を訪れた際には、自由な発想で使ってみてください。多様な使い手によって、新しい組み合わせや使い方が生まれていくかもしれません。
撮影:大野隆介