―2000年の眠りから甦る古代ローマの美―
イタリア半島南部、今日もなおナポリ湾を見おろすヴェスヴィオ山は、紀元79年に大噴火をおこし、周辺地域に甚大な被害を及ぼしました。人口1万数千人の都市ポンペイは一瞬にして死の都と化し、16世紀末に偶然碑文と遺跡の一部が発見されるまで、火山灰の下で永い眠りにつきました。1748年から考古学的な発掘調査が開始されると、古代ローマ時代の都市の様相をありありと伝える遺跡としてポンペイは一躍世界の注目を集め、今日に至っています。ポンペイの発見はヨーロッパの美術界に衝撃を与え、18世紀から19世紀にかけて新古典主義の芸術理念、絵画や建築、装飾美術などに大きな影響を及ぼしたことは広く知られています。
ポンペイの出土品の中でも、家々の壁に描かれた壁画は、火山灰に埋没していたという特殊な保存環境が幸いして、鮮やかな色彩を持つ芸術性の高い作品としてとくに重要です。それらは、西洋絵画の源流と言うべきヘレニズム絵画の伝統を伝えているばかりでなく、住宅という日常の生活空間を彩る独自の装飾システムを高度に洗練させた古代ローマの絵画史を証言する貴重な資料として今も保存と研究が進められ、各国の研究者だけでなく、世界の美術愛好家を魅了しています。
本展は遺跡を管理するイタリア文化財省ポンペイ考古学監督局の全面的な協力の下に、新たに修復され、世界で初めて出品公開される壁画とレリーフ、約150点により、別荘の室内を再現する他、ポンペイ壁画の歴史的変遷と共に、神話や自然、幻想的建築や日々の光景など様々な主題を概観します。ドイツの考古学者K.シェーフォルトは、均整を重んじたギリシア人の理性的な美に対し、ローマ人の美術を超越的であると評しています。21世紀への節目を控えた今日、デザインがかつてなかったほど注目を集め、生活のあらゆる側面で美的なものが求められています。またコンピューター・グラフィックス技術の普及と共に、人々の意識の中で現実と仮想世界が混在しつつあると言われています。生活空間をファンタスティックな壁画で飾った古代ローマ人の美意識は、私たちに多くを語りかけてくれるに違いありません。
展覧会図録
『ポンペイの壁画展—2000年の眠りから甦る古代ローマの美』 「ポンペイの壁画展」日本展実行委員会・現代彫刻センター、1997年