横浜美術館が開館したのは、1989(昭和64・平成元)年のことです。
設計は、国立代々木競技場で知られる建築家、丹下健三。場所は、広大な造船所跡地の再開発で生まれた西区みなとみらい地区。美術館は地区で最初に建てられた建物の一つでした。
設立準備時代の資料をめくると、すでに国内に多くの美術館がある中で、横浜美術館がどんな個性を備えるべきか、丹下自身を交えて長い議論があったことがわかります。
最終的に当館は、展覧会を開催するだけでなく、創作活動のためのアトリエを備え、本や映像資料を通して美術に関する情報に触れることもできる、いわば総合アートセンターとして産声をあげました。
「みる」(展覧会)、「つくる」(アトリエ)、「まなぶ」(美術図書室)の活動の3本柱は、30年以上が経ったいまも変わりません。2011(平成23)年からは現代美術の国際展、横浜トリエンナーレの主会場という役割も加わって、いまに至っています。
さて、横浜美術館は2021(令和3)年2月より開館以来初の長いお休みをいただき、空調機械をはじめ建物のあちこちをリフレッシュする工事を行いました。工事もいよいよ完了し、2024年3月15日、第8回横浜トリエンナーレをもって活動再開の予定です。
では、リニューアル後の横浜美術館は、どんなところがどう新しくなるのでしょうか。
休館中、わたしたちはいくつもの検討プロジェクトを立ち上げ、これからの美術館はどんな姿であるべきかを、設備と中身の両面から考えてきました。
たどり着いたのは、いまやどの美術館、博物館にも求められる「多様性の実現」という課題に、横浜らしいやり方で応える、という結論です。
世界に開かれた貿易港である横浜には、さまざまな人が訪れ、新しい文化や情報がもたらされます。そこには、時に衝突すら含む深く豊かな出会いが生じます。この風土を下敷きに、アートを通して新しいものに出会う、お互いを受け入れることで誰もが自分らしくいられる、そのことによってみんなが生きる力を得ることができる。そんな場所に美術館をしたいと考えました。
特に力を入れたのが、広大なエントランスホールである「グランドギャラリー」を中心とした無料エリアの整備です。
まず何より、この無料エリアは、多くの人が憩うグランモール公園「美術の広場」に面しています。この広場と館内をもっとスムーズにつなげたい。そのためわたしたちは、広場からも中が見えるガラス張りのギャラリーを新設しました。これまで2階にあった美術図書室の入口も1階に移し、気軽にアクセスできるようにしました。広場とカフェやミュージアムショップを自然につなぐ工夫も凝らしました。
また、さまざまなニーズを持つ人びとの目でこの無料エリアをチェックする作業も行いました。
誰にでもわかりやすい案内表示とはどのようなものか。車椅子の人にとって受付カウンターはほんとうに使いやすいか。目の見えない人がつまずきやすい什器はないか。子どもの泣き声であきらめず、親御さんが心ゆくまで美術館を楽しむためには何が必要か。
さらに、もっとも大切なのは、このようにそれぞれのニーズを持ち、展覧会を見る、創作活動を行う、コーヒーを飲む、ただ座ってのんびりするなどさまざまな目的のために訪れた人びとが、共にいられるしくみを作り出すことです。
たとえば、グランドギャラリー最大の見せ場である大階段を誰もが楽しむためにはどうすればいいか。年齢、性別、出身、障害の有無にかかわらず、みんなが一緒に参加できるプログラムはできないか。
こうした問いに答えるため、わたしたちは、「みる」、「つくる」、「まなぶ」、それぞれの活動で蓄積してきた知恵を出し合い、家具、什器を整え、運用ルールを検討し、プログラムを考案して、準備を進めてきました。
遠い先だと思っていた活動再開も、あと少しに迫りました。まだすべての解決策が出そろったわけではありませんが、準備作業もいよいよラストスパートです。
30年以上培ってきた個性の上に立ち、新しい笑顔でみなさまに再会する、そんな春の日を心待ちにしています。
2023年11月
横浜美術館 館長
蔵屋 美香