原点復帰―横浜
中平卓馬(1938年生まれ、横浜市在住)は、1960年代後半に始まる日本の写真表現の転換期に重要な役割を果たし、いまも現代の表現に大きな影響を与え続けている写真家です。初期の中平は、対象のぼやけた輪郭、粗い粒子の際だつプリント、傾いた構図といった過激な手法を駆使して、既成の表現からの脱却を試みます。「個人」のまなざしの価値を透徹した映像感覚によってうたいあげたそれらの写真は、当時の写真界に大きな衝撃を与えました。その後、中平はみずからの詩的な描写を否定し、「図鑑」のような写真を即物的に提示することを目指しました。その模索のさなかの1977年、突然の記憶喪失に襲われます。しかし、被写体との直接的な出会いを求める姿勢は病後の作品にも連続して受け継がれていきました。そういう「出会い」を経験することで、写真家という自己がいったん解体すると同時に再生する、と彼は考えています。そのユニークな写真観は、60年代から実作と執筆活動を通じ、中平が一貫して体現してきた「近代主義」批判の帰結でもあります。
本展では、初期から新作にいたる約800点の作品を、写真集や定期刊行物などとあわせて紹介します。中平の作品は、写真を仲立ちにして、世界と自己に対し、絶えず「なぜ?」という疑問を突きつけています。本展は、私たちを取り巻く世界や自分自身について、さまざまな問いと考察を引き出す貴重な機会となるでしょう。
展覧会図録
『原点復帰—横浜』 オシリス、2003年