美に至る病―女優になった私
本展は、日本の現代美術を代表する作家の一人である森村泰昌の最新作『女優シリーズ』を紹介するものです。
森村泰昌は、一貫して自らを作品の素材として取り上げ、しかもそれを直接表現するのではなく過去の美術作品、あるいは歴史的な場面に登場させることに よって、全く新しいセルフポートレートの世界を築き上げてきました。それは、過去と自己の関係、あるいは現在と自己の関係を検証するもので、ボーダレスの時代(境界線なき時代)にあって、揺らぎ始めた自己の探索の行為としても注目されています。
森村の作品は、従来の作品が視覚によって鑑賞され、評価がなされてきたことに異議を唱え、そうした作品との視覚の一方通行的な関係ではなく、自らをその作品に登場させ、作品に自己を引き寄せることで新たな解釈による作品を目指しました。そして、その制作のプロセスあるいは再構成された作品によって示されるもう一つの有様をして独自の世界を展開してきたのです。
今回、森村は、大衆社会における「美」のイメージ、あるいは「性的な欲望」の象徴としての女優像という新たなテーマに挑みますが、そこでもまたそうした作家の一貫した姿勢が貫かれます。映画が発明されて以来、つい最近まで人々にとってそれは、銀幕の世界という言葉にあらわされるようにまさに憧憬の的であり続けました。しかし、それはやがてテレビという新しいメディアの登場により、日常性との境界が解消されるに至り、女優のイメージもまたその意味の変容を迫られるに至ったのです。
展覧会は、作家自身が内外の銀幕の女優35人に扮した多様なイメージ57点で構成されます。まず第Ⅰ室ではオードリー・ヘップバーン、エリザベス・テーラーら洋画女優のスチール写真、第Ⅱ室では岩下志麻、山口百恵ら邦画女優の巨大なイメージ・パネルを展示、そして第Ⅲ室では展示室内に古の街頭と映画館を再現し、そこにマリリン・モンローのビルボードによるイメージと、映像作家伊藤高志とのコラボレーションによる16mmの映像作品を上映し、森村泰昌の最新像を紹介します。
展覧会図録
『「森村泰昌 美に至る病—女優になった私」展』 横浜美術館、1996年