19世紀英国絵画の黄金期を代表するロマン派の巨匠、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775-1851)は、写実描写のなかに、きわめて人間的なテーマを投影した幻想的な風景画を数多く残しました。
庶民階級に生まれ、少年期から、職業として当時人気の高かった実風景を克明に描く地誌的水彩画を制作していたターナーは、20代でロイヤル・アカデミー(王立美術院)の正会員になり、その後、遠近法教授としてその教壇に立つなど、画壇での地位を高めていきました。イギリス国内やイタリア、フランス、スイスなどヨーロッパ各地への旅行をくりかえし、自然界から直接創作の霊感を得たターナーは、明るい光と色彩の発見によって、伝統的風景画から豊穣な大気の表現へと至ります。これら自然の光り輝く光景を描いた作品は、その後の印象派の先駆けとなり、また20世紀絵画の色彩に着目した抽象画へと通ずるものでもありました。
ターナーの死後、アトリエに残された約20,000点の作品群は、画家の遺志によってイギリス国家に寄贈され、1987年にその主要作品を収蔵・展示すべく、テート・ギャラリーにターナー館(クロー・ギャラリー)が新設されました。
本展は、当ギャラリーの開設後日本では初めてそのコレクションがまとまって公開されるものであり、初期から晩年までの油彩32点を含む水彩・素描など合計100点を厳選。「風景のすみずみまで知り抜いた最も偉大な画家」とジョン・ラスキンが絶賛したターナーの、人間精神が凝縮された独特の風景画の魅力に迫ろうというものです。
展覧会図録
『テート・ギャラリー所蔵 ターナー展』 東京新聞、1997年