本展は、1999(平成11)年に逝去した日本画家、東山魁夷の没後はじめての総合的な回顧展です。
東山魁夷は1908(明治41)年に横浜に生まれました。東京美術学校日本画科で結城素明に師事し、1929(昭和4)年第10回帝展に初入選し、画壇への一歩を踏み出しました。1933(昭和8)年ドイツへ留学、ベルリン大学で美術史を学びます。しかし、父親の病気のため志半ばにして帰国、その後戦争による疎開や兵役、また一方で兄、父、母、弟と相次ぐ肉親の死という試練に見舞われました。
第二次世界大戦後、1947(昭和22)年の日展出品作《残照》が特選・政府買い上げとなって転機をもたらし、東山魁夷の日本画壇における地位は次第に確かなものになっていきました。1956(昭和31)年に日本芸術院賞受賞、1969(昭和44)年に文化勲章を受章したのをはじめとして、数々の褒章にも輝き、戦後の日本画壇において指導的な役割を果たしました。
東山魁夷の生涯は、代表作《道》に象徴されるように、自らの脚で一歩一歩踏みしめ続けた、決して平坦ではない旅路であったといえます。20世紀を踏破した日本画家は、伝統と現代への美術史的考察を踏まえながら、和と洋、和と漢、あるいは南と北の精神風土の違いなど、時間・空間上の対極を常に見据えていました。魁夷芸術の魅力は、そうした思索に裏付けられつつ、画家自身の内面の静と動、明暗両極の緊張から、精妙に紡ぎ出した調和の美を、自然の姿や古都の街並みに託すことからくると解釈できるでしょう。画中に人物を描きこまなかった魁夷は、自分の絵画には描く私と、絵を見る人のふたりの人間が常にいる、第三者がいないことで両者はつながるのだ、と語っていました。親しみやすい清澄な風景に展開される世界は、画家が私たちに直接伝えようとする心の物語なのです。
この展覧会では、戦前の紀元2600年奉祝美術展出品作で白い馬の元型とも言える《凪》、戦後の《残照》、《道》、《秋翳》をはじめ、宮内庁所蔵の《萬緑新》、北欧・ドイツ・オーストリアへの旅の成果、「京洛四季」の名作の数々、画業の集大成ともいえる唐招提寺御影堂障壁画などを含む総数90点あまりを二期に分けて展示いたします。2月4日までの前期に約60点を展示し、2月6日からの後期に約30点を入れ替えてご覧いただきます。
展覧会図録
『東山魁夷展 ひとすじの道』 日本経済新聞社、2004年