『神秘的なサマラス芸術の全貌』 アメリカ現代美術におけるルーカス・サマラスは、ジャンルにとらわれない幅広い表現と常に自らを作品の素材として示す点においてとりわけ異彩を放つ存在となっている。1960年代にアラン・カプロー、ジョージ・シーガル、クレス・オルデンバーグなどと『ハプニング』に参加し、その後は独自の視点からミニマル系の作家とも異なる心理的なある種の強迫観念にもとづく作品を発表し続けた。人間の内面に深く訴えかけるそうした作品はいずれも、見るものの誰をも釘づけにしその幻想的な世界に誘う。
ルーカス・サマラスは、1936年ギリシャ・マケドニアに生まれ、1948年に家族とともにニューヨークに移住、以降、アメリカを主な舞台として作家活動を展開してきた。1971年にシカゴ現代美術館でボックス・ワークの展覧会が開かれ、翌年にはホイットニー美術館で回顧展が開催されたことからも、早くからアメリカの現代美術において注目を集めていたことがわかるだろう。また、1988年か89年にかけて、ボストン美術館をはじめとする全米の美術館で大規模な展覧会が組織され、その評価を不動のものとしている。
本展は、我が国で最初のサマラスの大規模な展覧会であり、多くの謎に包まれていたこの作家の全貌を紹介する絶好の機会となった。初期にあたる1961年から1991年の最新作までの30年にわたる活動を、ボックス・ワークからペインティング、フォト・トランスフォーメーションにいたるオブジェ、絵画、素描、写真、彫刻といった多様な表現の、180余点の作品で紹介するものである。
神秘的で刺激に満ちたサマラス芸術に接する絶好の機会であり、また表現形式が多様化しつつある今日の美術状況にあって、一人の作家から作り出された様々な表現は、多くの問題を私たちに投げかけるだろう。サマラスによる表現は、サマラス自身に向けられていると同時に、観る者一人一人の内にも呼び覚まされるもの、即ちそれぞれの『セルフ』なのである。
展覧会図録
『セルフ1961-1991 ルーカス・サマラス展』 読売新聞社、1991年