戦後の抽象彫刻のパイオニアとして、公共の大規模プロジェクトを含む多彩な創作を展開してきた澄川喜一。作家としての活動期間は優に60年を超え、今なお創作意欲はおとろえることを知りません。この展覧会は、澄川喜一の創造の原点、展開と到達点を明らかにする首都圏の公立美術館においては初の大規模な回顧展です。
木彫の巨匠・平櫛田中(ひらくし・でんちゅう)や塑造の第一人者・菊池一雄から彫刻の基本を学び、具象的な造形を出発点としながら、やがて日本の伝統美に深く共鳴する幾何学的な抽象彫刻「そりのあるかたち」シリーズに転じていく、その理知的な展開を検証します。
澄川喜一は、思春期から青年期を過ごした山口県岩国市の名橋・錦帯橋(きんたいきょう)に魅了された若き日の体験を、自らの創作活動の起点として、しばしば語ります。戦禍をまぬがれた木造の橋の複雑な構造美と、反(そ)りと起(むく)りのシンプルなかたちは、澄川が感応する美の原点として、その胸裏に潜在することになります。東京藝術大学における具象表現の追究をふまえ、木という自然素材をみつめ、それに向き合う過程で、木のなかに「そり」と「むくり」という澄川にとっての本質的なかたち・美を見出していきました。今も取り組み続けるライフワーク「そりのあるかたち」シリーズに、澄川芸術の洗練されたシンプルな美が遺憾なく表現されています。
「そり」は下に向かってゆるやかに湾曲する線や面を指し、「むくり」はその逆に上に向かってゆるやかに湾曲する線や面を指します。澄川は「頭の垂れた稲穂の優しい反りや、五重塔など古建築の優美な反りや、緊張感みなぎる日本刀の反り、さらに天空から裾野にかけて霊峰富士が見せる雄大な反り」など、日本の風景や伝統的な造形に見られる多様な「そり」と「むくり」を制作の根底に据えています。
澄川喜一は、1980年代以降、全国各地の野外彫刻を手がけます。環境や景観と切り離すことが出来ない野外彫刻の追究から、やがて建築分野などとの協働による公共空間における造形にも関心をひろげ、都市の巨大構造物に関わる仕事にも精力的に取り組みました。現在では、澄川の屋外彫刻・環境造形の仕事は、北は北海道から南は鹿児島県まで、全国28都道府県120点以上に及びます。ときに自然と対峙し、ときに周辺環境に寄り添い空間の可能性を拓く巨大な造形物も、近年の澄川の創作活動を特徴づけています。
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