日本画にみる動物表現

古来より日本人は、さまざまに動物を描いてきました。仏教絵画では神聖な動物として象や獅子が描かれ、中世には中国から花鳥画が伝来し、禅宗の画題であった龍虎図とともに、近世初期に確立した障屏画の主要な画題となりました。近世末期には、動物への科学的関心の高まりから迫真的な描写があらわれ、個性的で奇抜な表現も生まれました。

近代の日本画家は、こうした伝統をふまえつつ、西洋絵画に影響を受けた新しい問題意識と描法で、動物の姿をとらえました。動物たちは徹底した写生に基づく実在感に満ちた姿でありながら、写実を超えた精神性をも表すものとして描かれました。下村観山[しもむら・かんざん]の《春日野[かすがの]》では、古来より神の使いとして礼拝画にもあらわされてきた、春日大社の鹿が描かれています。刷毛[はけ]でぼかされた色彩によって空間をとらえようとする「朦朧体[もうろうたい]」の試みを意識しつつ、柔らかい光の中に憩う鹿の、体毛の感触までもが細かい線でたくみに描写されています。また、山水花鳥画に新たな境地を開いた池上秀畝[いけがみ・しゅうほ]の《溪澗野雉[けいかんやち]・威震八荒[いしんはっこう]》は、伝統的な花鳥画の様式によりながら、国威を発揚しようとする昭和初期の時代の空気を象徴的に読み取ることが可能といえるでしょう。

一方、人物画や風俗画の画面の一要素として動物が登場し、人びとの生活と動物とのかかわりを示す作品も描かれています。ここでは、近代的娯楽としての競馬や、蛍狩りをテーマとした版画作品も紹介します。

下村観山(1873-1930)
《春日野》
明治33年
絹本着色、軸
SHIMOMURA Kanzan (1873-1930)
Kasugano
1900
color on silk, hanging scroll

下村観山《春日野》