女神の系譜 Goddesses, Muses, and Idols in the Art

 ヨーロッパの美術のなかで、女性は、聖母や神話の女神として、あるいは自由、美などの擬人像として数多く描かれてきました。ギュスターヴ・モローは、そうした伝統を引きつつ、聖性と魔性をあわせもつ神秘的な女性像を得意とした画家です。彼の描くイメージは、19世紀末から20世紀にかけて流行する「ファム・ファタル(宿命の女)」(圧倒的な魅力で男性をとりこにし、破滅に導く女)の源泉ともなりました。山下清澄(やました・きよずみ)の版画やセルジュ・ルタンの写真に登場する女たちは、20世紀までその系譜が続いていることを教えてくれます。
 実在の女性が、インスピレーションをもたらすミューズとなることもしばしばでした。多くの男性の芸術家は、妻や恋人、友人にミューズ(美の女神)の面影を重ねています。みずからも創造する女性アーティストであれば、その魅力はなおのことでした。
 こうした女性像のありかたは、現代のアイドルにも継承されているように思われます。写真や映像で流布するアイドルたちの姿は、生身のものではなく、ある固定されたイメージにむかってつくられていったものにほかなりません。リチャード・ハミルトンの《わがマリリン》は、マリリン・モンローが自身のイメージを厳しく管理していたことを伝えています。そして彼女がさまざまなかたちでアートの題材となったのも、だれもが知っている「現代の女神」だからといえるでしょう。

小林清親《日本橋夜》 ギュスターヴ・モロー(1826-1898)
《岩の上の女神》
1890頃
水彩、紙
坂田武雄氏寄贈
Gustave MOREAU (1826-1898)
Goddess on the Rock
ca.1890
watercolor on paper
gift from Mr. SAKATA Takeo