展覧会について

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この展覧会は、写真印刷や映像などの「複製技術」が高度に発達・普及し、誰もが複製を通して美術を楽しむことができる時代に、ピカソをはじめ20世紀の欧米を中心とする美術家たちが、どのような芸術のビジョンをもって作品をつくっていったのかを、富士ゼロックス版画コレクションと横浜美術館の所蔵品によって検証するものです。


ドイツの哲学者ヴァルター・ベンヤミン(1892-1940)は、写真発明以降「複製技術」の発展・普及によって、人びとの感じ方や芸術作品の受け止め方、芸術への期待が大きく変化し、絵画や演劇などの伝統的な芸術作品にとって危機的状況が生まれたと指摘しました。
実際、20世紀には古典的な美術のイメージを払拭するさまざまな潮流が登場しました。キュビスムやフォーヴィスムなどの空間と色彩の新しい表現に始まり、第一次大戦後は伝統的な美の概念を覆すダダ(反芸術)や、抽象的な様式を確立して理想の社会を目指すバウハウスやロシア構成主義、無意識の探求によって人間を解放しようとするシュルレアリスム、第二次大戦後には大量消費社会を反映したポップ・アートが現れ、1960年代にはゼログラフィー(電子写真・複写技術)が美術作品に導入されました。こうした20世紀の美術史を「複製技術」という時代背景から見直すことで、芸術作品の危機に対する美術家たちの挑戦として読み解くことが本展のねらいです。


横浜に主要な拠点を持つ富士ゼロックス株式会社と横浜美術館のコレクションの共演となる本展は、双方に共通する代表的な美術家の作品を中心に、版画、写真、書籍など複製技術を用いた多様な作品と、油彩画や彫刻など伝統的なメディアによる作品を合わせた約500点を5つの章で紹介し、複製テクノロジーが浸透する現代の先駆けとなった時代の美術家たちの挑戦を浮き彫りにします。



富士ゼロックス版画コレクション
Fuji Xerox Print Collection
1988年以来、「版画もしくはそれに類する手段で複数制作されたもので、その時代の精神や文化を表徴する作品」を指針として、欧米と日本の重要な作家による版画、写真、コピー・アート(ゼログラフィーによる作品)、アーティストブックなどを収集しています。現在約950点を擁し、2010年に横浜のみなとみらい21地区に新築された研究開発拠点ビル内の「富士ゼロックス・アートスペース」で定期的な展示を行っています。
横浜美術館
Yokohama Museum of Art
開館前の1982年以来、横浜開港以後の日本と西洋の近・現代美術を収集し、西洋美術ではシュルレアリスムを中心に、ダダ、構成主義の絵画、彫刻、版画を所蔵するほか、ダゲレオタイプ、ナダールの肖像写真、アジェの風景写真などを含む写真史を跡づけるコレクションを擁しています。

第1章 写真の登場と大画家たちの版画

黎明期から19世紀末にかけての写真、とくにナダールの肖像写真やアジェの風景写真によって、ベンヤミンが指摘した、絵画とは異なる写真独特の視点を紹介します。あわせて、絵画の空間表現を支えてきた遠近法を解体したピカソやブラックの版画と油彩画、色彩を自由に用いて装飾的な画面を展開していったマティスのシルクスクリーンの連作『ジャズ』など、強い個性と高い描写力をもちながらも、新たな様式・主題・媒体に挑戦し続けた大画家たちの仕事を見ていきます。

主な出品作家

ナダール/ウジェーヌ・アジェ/パブロ・ピカソ/ジョルジュ・ブラック/アンリ・マティス

アンリ・マティス(1869-1954)
《サーカス》(詩画集『ジャズ』より)
1947年 / シルクスクリーン、紙(書籍)/ 42.5×65.0cm(用紙)
富士ゼロックス版画コレクション

第2章 普遍的スタイルを求めて

第一次世界大戦の未曾有の破壊と殺戮は、美術家たちにとって、伝統的な価値観を清算し新たな芸術ビジョンを立て直す契機となりました。その先駆けであるダダ(反芸術)の美術家たちによる絵画に貼りつけられた印刷物や廃物を、ベンヤミンは「複製としての烙印」と呼びました。また、ドイツのバウハウスやロシア・東欧の構成主義は、普遍的な様式を確立することで理想社会を実現しようと、幾何学的・抽象的な構成を探求します。本章はこれらの実験精神に満ちた作品と、美術家が参画した作品性の高い雑誌・書籍で構成されます。

主な出品作家

クルト・シュヴィッタース/パウル・クレー/ヴァシリィ・カンディンスキー/ライオネル・ファイニンガー/オスカー・シュレンマー/ラースロー・モホイ=ナギ/ナウム・ガボ/エル・リシツキー/フリードリヒ・フォルデンベルゲ=ギルデヴァルト/アレクサンドル・ロトチェンコ/アウグスト・ザンダー

クルト・シュヴィッタース(1887-1948)
《メルツ絵画1C 二重絵画》
1920年 / アッサンブラージュ、油彩、厚紙 / 15.6×13.7cm / 横浜美術館蔵

第3章 変容のイメージ

第一次大戦から帰還した直後のエルンストは、本や雑誌の挿絵を切り貼りして、本来の意味とはかけ離れたショッキングなイメージへと変容させました。さらにそれを印刷することで、エルンストは、複製され流布されて初めて成立する、「複製可能性に狙いを定めた」(ベンヤミン)作品を構想しました。イメージの変容を通して見る人にショックを与えるこうした手法は、のちにシュルレアリスムの美術家の基本語法となります。そのなかで写真や版画、印刷などの複製技術が果たした役割と、シュルレアリスムが提示した「作ること」の意味の改変を、マン・レイ、デュシャン、コーネルらの作品を通して検証します。

主な出品作家

カール・ブロースフェルト/ハンス(ジャン)・アルプ/マックス・エルンスト/マルセル・デュシャン/マン・レイ/イヴ・タンギー/ロベルト・マッタ/ジョゼフ・コーネル/ヴォルス

ハンス(ジャン)・アルプ(1886-1966)
《森の舞台装置》
1955年 / リトグラフ、紙 / 39.3×30.7cm
富士ゼロックス版画コレクション
©PRO LITTERIS, Zurich & JASPAR, Tokyo, 2016
C0970

第4章 大量消費時代にむけて

第二次大戦後の大量消費時代の到来を受けて登場したポップ・アートは、消費財、マスメディア、サブカルチャーなど、日常を取り巻く複製技術の産物を批判的またはアイロニカルな視点から取り上げることで、複製文化そのものを芸術に包摂しようとしました。一方、ポップ・アートの過剰なイメージとは対照的に、表現手段を極限まで切り詰めるミニマル・アートが登場します。本章では、これらの動向に加え、斎藤義重、荒川修作、吉田克朗の作品群を並置することで、戦後の複製技術文化をめぐる美術家のスタンスをたどります。

主な出品作家

ロバート・マザウェル/ロイ・リクテンスタイン/アンディ・ウォーホル/クレス・オルテンバーグ/荒川修作/斎藤義重/吉田克朗

アンディ・ウォーホル(1928-1987)
《花》
1970年 / シルクスクリーン、紙(10点組の1点)/ 91.4×91.4cm / 富士ゼロックス版画コレクション /
©2016 The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. / Artists Rights Society (ARS), New York & JASPAR, Tokyo C0957

第5章 ゼログラフィーと美術家

1960年に始まったゼログラフィー(電子写真・複写技術)の普及は、それまでの機械的な複製技術時代から、電子的な複製テクノロジー時代への転換を予告する出来事でした。そして、物質性への依拠からコンセプトの提示へと変化する美術の流れのなかで、専門の工房や印刷所に頼ることなく、発想から完成までのプロセスを手軽に試み、かつ量産することを可能にする複写機は、美術家が新たな思考の領野を拓く道具となります。最後のセクションでは、1960年代以降のゼログラフィーを用いた美術家たちの挑戦を紹介します。

主な出品作家

ブルーノ・ムナーリ/野村仁/河口龍夫/高松次郎/山口勝弘/戸村浩/前田信明/星野高志郎/山崎博/岸田良子

前田信明(1949年生まれ)
《ローソク1020秒》
1970年 / ゼログラフィー、ゼロックスペーパー(10点組の1点)/ 25.7×36.4cm
富士ゼロックス版画コレクション © Nobuaki MAEDA