人びとは古来、おめでたい主題の絵画を描き、身辺に置くことで、福運を招こうとしました。不老長寿の伝説をもとにしたものから、信仰の対象でもあり優美な姿そのものが尊ばれた富士山、常緑の松や、千年万年の寿命を持つとされた鶴亀、富貴の象徴とされた牡丹などはその典型です。現代においてもなお、多くの吉祥の画題が描き継がれ、人々に親しまれています。今回の展示では、そうした吉祥の主題のほか春の訪れを感じさせるさまざまな絵画、お正月の風物にちなんだ作品など展示します。
- 下村観山
《松二鶴》1927年 絹本着色、6曲1双
SHIMOMURA Kanzan
Cranes under Pine Tree
初夢に見ると縁起の良いものの順をあらわすこの諺(ことわざ)は、江戸時代からのもので、起源には諸説あります。駿河の国に縁の深い徳川家康が富士山、鷹狩り、初物の茄子を好んだことに由来するという説や、「無事(富士)に高(鷹)き事を為す(茄子)」の語呂合わせとする説などが広く知られています。人びとは正月の縁起物として、富士、鷹、茄子があらわされた絵画や工芸品を家に飾り、また衣装の模様にして身にまとい、福を願いました。浮世絵にも「初夢」「夢見」などの題でこれら三つのモチーフを一つの図に描いた作品が多くあります。川柳や狂歌にも詠まれ、庶民に親しまれた吉祥であったことがわかります。
特別展示「春を寿(ことほ)ぐ」の中でも、「富士」「鷹」「茄子」が描かれた作品を紹介しています。ぜひ探してみてください。
新年を迎え、やがて節分を過ぎると、春を告げる花々が開き始めます。なごりの寒さの中で可憐に咲く姿に春の足音を求めて、古都や野山に花めぐりに出かけるかたも多いことでしょう。
「雪中花(せっちゅうか)」とも呼ばれる水仙は、江戸時代に房総で栽培が始められたとされ、江戸に舟で運ばれて、厳寒に耐えて咲く縁起のよい花として町屋や武家の正月を飾りました。すっくと立つ高貴なたたずまいは、日本画の画題としても好まれてきました。速水御舟(ぎょしゅう)の《水仙図》は、徹底した写実の中にも高い精神性を感じさせ、凛(りん)とした気配に満ちています。
紅白の梅は、水仙、そして茶の湯の花として特異の文化を形成した椿と並び、清楚な美しさを持つ早春花として好まれてきました。奈良時代より愛され、近現代においても多くの画家や歌人が想いを寄せてきた梅は、日本人の美意識を象徴する花の一つであるといえるでしょう。

特別展示「春を寿ぐ」では、歳の瀬やお正月などの年中行事を描いた作品も紹介しています。小林清親(きよちか)は、明治9(1876)年、光と影の効果による独特の情趣をたたえた<東京名所図>の連作を発表しました。清親は、文明開化の象徴である近代的なモチーフと江戸の名残を残したモチーフを組み合わせ、また描き分けることで、木版画界に新風を吹き込みました。《浅草寺年乃市》はその連作の一図です。現在は全国的に有名な羽子板市に変わった浅草寺の「年の市」は、かつては江戸最大規模の年末市であり、人びとはここで正月支度をして新年を迎えたといいます。アメリカ人のヘレン・ハイドは、ヨーロッパで日本美術に接したのち、明治32(1899)年に来日して木版画を学び、女性や子どものいる日本の風俗を描きました。ここでは、新年や早春の日常風景の中で、子どもたちが見せる可愛らしいしぐさをとらえた作品を紹介します。