展覧会について
火薬ドローイング《遠行》(2010年、火薬・和紙・木製パネル、42枚組、作家蔵)の爆破(参考図版)Commissioned by the Museum of Fine Arts, Houston for the Ting Tsung and Wei Fong Chao Arts of China Gallery. Photo by I-Hua Lee, courtesy Cai Studio
現代美術のスーパースター、横浜へ。
本展は、ニューヨークを拠点に、現代美術界で最も活躍しているアーティストのひとり、蔡國強(ツァイ・グオチャン/さい こっきょう、1957年、中国福建省泉州市生まれ)による、日本国内では7年ぶりとなる大規模な個展です。
上海戯劇学院で舞台美術を学んだ蔡は、1986年末に来日し、筑波大学、河口龍夫研究室に在籍。東京そして、取手やいわきに滞在しながら創作活動を開始しました。日本滞在中に、実験を重ねて火薬の爆発による絵画を発展させ、一躍、内外の注目を浴びるようになります。日本での約9年にわたる創作活動を経て、1995年以降はニューヨークに拠点を移し、世界を舞台に、創作活動を続けています。2008年の北京オリンピックでは、開会式・閉会式の視覚特効芸術監督として花火を担当し、その様子は世界中に中継され注目を集めました。
蔡は、中国の文化・歴史・思想から着想を得ながら、火薬の絵画、独創的な花火、ランドアート、インスタレーションなど、多義的な視点による作品で、現代社会へ一石を投じてきました。例えば戦争や武器に用いられる火薬の爆発を、絵画や花火という美術作品へ転じることにより、火薬の破壊力と平和利用の有効性の双方の視点を、蔡は私たちにしなやかに提示します。また、彼は人々の感性に訴えるダイナミックな視覚的表現と柔軟なコミュニケーション力により、美術界だけではなく幅広く多くの人々を魅了してきました。近年は、子どもや自然、エコロジーなどにも、より意識を高めています。
タイトルの「帰去来(ききょらい)」は、中国の詩人、陶淵明(とうえんめい)*(365-427)の代表作「帰去来辞(ききょらいのじ)」から引用しています。官職を辞して、故郷に帰り田園に生きる決意を表したこの詩は、現実を見つめ、己の正しい道に戻り、自然に身をゆだねる自由な精神を謳っています。泉州から日本を経てニューヨークへ渡り、華々しい活動を続ける蔡が、アーティストとして自由な創作を開始した日本という原点に戻るという意味が、タイトルに示されています。また、同時に人間としての原点への問いも含まれています。
本展では、日本初公開となる近年の代表作《壁撞き(かべつき)》のほか、日本の風景や伝統美に取材した大規模な火薬による平面作品と、テラコッタによるインスタレーションが新たに制作され展示されます。蔡の作品は、動植物に象徴される自然と人間との共生、複雑な社会における人間性への問いかけなどの様々な読み方を促してくれます。それは、紛争や対立が絶えない現代にあって、示唆に富んだものとなるでしょう。
老若男女にかつてない驚きと発見をもたらしてくれる蔡國強の世界。今年、見逃すことができない展覧会です。
* 陶淵明(365-427)は中国、六朝期の詩人。著作に、ユートピアを描いた「桃花源記」、「五柳先生伝」など。自らを五柳先生と称した。
展覧会構成
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テラコッタによる
インスタレーション天上の植物が地上に降りてきたかのように、展示室の中央に、花と葉を茂らせた朝顔の蔓(つる)が絡まりながら吊られています。この作品は、本展のために、横浜美術大学の学生との協働で制作されました。蔡は、学生たちが制作したテラコッタの花と葉の上に火薬を撒いて爆発をさせ、炎や煙で複雑な陰影をつけました。
自然の藤蔓(ふじづる)に付けられた花や葉は、生き生きとした表情を見せています。《春夏秋冬》が展示された部屋の中央に、土で作られた作品を配する象徴的な展示は、中国の自然哲学、五行思想を暗示しているようです。
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火薬絵画
火薬を爆発させてカンヴァスや和紙に画像を定着させる絵画は、蔡國強の代表的な作品です。火薬の本質は宇宙や生命の根源と同一であると考える蔡は、爆発によって絵画に永遠の命を吹き込んできました。そこには、自然素材による偶然性とアーティストの力の妙が描かれます。
本展では、横浜の歴史や岡倉天心、日本の風景や伝統美などに取材して、スケールの大きな火薬絵画を、横浜美術館のグランドギャラリーで制作しました。横浜の生んだ思想家・岡倉天心と蔡國強は、共に「中国―日本―アメリカ」をつなぐ存在といえるでしょう。爆破の過程は、横浜に校舎を構える東京藝術大学大学院映像研究科 桂英史研究室|geidaiRAMとの協働によるドキュメンタリー映像として、展覧会会場にてご覧いただけます。
蔡にとって第二の故郷である日本で、爆発によってどのようなイメージが誕生したのでしょうか。
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春夏秋冬
240枚の白い磁器製のパネルには、四季の草花や小さな生き物がレリーフで描かれています。蔡國強の故郷、福建省泉州市は、陶磁器の生産地として名高い地。この作品は、泉州の徳化窯で作られたもので、薄い磁土を重ねて造形する繊細な技術は後継者も少なく廃れつつあるといいます。
蔡は、完成したレリーフの上に火薬を撒き、火をつけます。爆発の暴力性と磁器の儚い繊細さの絶妙なバランスの上に、新しい美が開花しました。
壁撞き(かべつき)
99匹の狼が群れをなして空を飛んで疾走する。狼たちはガラスの壁に当たって落下するが、立ち上がり群れの後ろについて何度でも壁に向かって挑みかかる。私たちの周囲には、文化や思想の目に見えない壁があります。狼たちはその壁を越えようと、あきらめずに挑戦し続けているようにも見えます。
99は中国の道教において、永遠に循環することを象徴する数字です。「見えざる壁」に挑み続けるオオカミの姿は、人間社会を象徴しているかのようです。
作家プロフィール
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蔡國強
Cai Guo-Qiang ( b.1957, Quanzhou, Fujian Province, China ).1957年、中国福建省泉州市生まれ、ニューヨーク在住。
上海戯劇学院で舞台美術を学んだ後、
1986年末から1995年まで日本に滞在、筑波大学で学ぶ。
1995年以降はニューヨークを拠点に活動。
アーティストウェブサイト
http://www.caiguoqiang.com/
近年の主な個展とプロジェクト
「透明モニュメント」ニューヨーク、メトロポリタン美術館(2006年)
「アイ・ウォント・トゥ・ビリーブ」ニューヨーク、ソロモン・グッゲンハイム美術館、北京中国美術館(2008年)
北京中国美術館(2008年)
ビルバオ、グッゲンハイム美術館(2009年)
「蜃気楼」ドーハ、マトハフ・アラブ近代美術館(2011年)
「スカイ・ラダー」ロサンゼルス、MOCA(2012年)
「農民ダヴィンチ」ブラジリア、サンパウロ、リオ・デ・ジャネイロ巡回(2013年)
クイーンズランド州立美術館(オーストラリア)「Falling Back to Earth/帰去來兮」(2013年)
「九級浪」上海当代芸術博物館(2014年)ほか。
また、2008年の北京オリンピック・パラリンピック開会式・閉会式で視覚特効芸術監督を務める。
受賞歴
第48回ヴェネチア・ビエンナーレ「国際金獅子賞」(1999年)
「アルパート芸術賞」(2001年)
第7回「ヒロシマ賞」(2007年)
第20回「福岡アジア文化賞受賞」(2009年)
第24回「高松宮殿下記念世界文化賞」(2012年)
「米国国務院芸術勲章」(2012年)など。
本展の見どころ
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世界を代表する現代美術家、蔡國強(ツァイ・グオチャン/さい こっきょう)
国内では7年ぶりの大規模個展 - グッゲンハイム美術館(ニューヨーク)など、世界の名だたる美術館での個展、万里の長城やセーヌ川での大規模なプロジェクトやヴェネチア・ビエンナーレの国際金獅子賞をはじめ、名実ともに世界を股にかける現代美術界のスーパースター、蔡國強。日本では、7年ぶりの待望の大規模個展です。円熟期を迎えた蔡の「今」をご覧ください。
- 2北京オリンピックで注目されたアーティスト。横浜美術館での爆発の制作
- 近年、蔡が最も注目を集めたのは、視覚特効芸術監督を務めた北京オリンピック(2008年)の開会式・閉会式の花火の演出でしょう。「爆発のアーティスト」とも称される蔡。本展では横浜美術館のグランドギャラリー(エントランス)で、大がかりな爆発を伴う「火薬ドローイング」を制作します。
- 3全長40メートルの狼の群れがやってくる!《壁撞き(かべつき)》日本初公開
- 2006年にベルリンで発表され、グッゲンハイム美術館(ニューヨーク、ビルバオ)、クイーンズランド州立美術館(ブリスベン)、上海当代芸術博物館(上海)などで話題をさらった《壁撞き(かべつき)》は、本展にて、日本初公開となります。約40メートルにもおよぶ等身大の99匹の狼の群れ。蔡の世界観を代表する、かつてないほどのスケールの展示は、驚きをもたらしてくれることでしょう。
- 4蔡(ツァイ/さい)の作品世界の真髄!横浜での取材と協働
- 蔡の作品制作において、欠かせない「土地」に関するリサーチ。本展でも横浜でのリサーチをふまえた新作を制作します。また、制作過程において、その土地の人々と関わることも、蔡の作品世界には欠かせない要素です。本展では、横浜市内に校舎を構える横浜美術大学の学生と作品制作を行うほか、東京藝術大学大学院映像研究科 桂英史研究室|geidaiRAMと記録映像を制作します。
- 横浜、越後妻有、東京。蔡國強(ツァイ・グオチャン/さい こっきょう)の夏!
日本では7年ぶりの大規模個展開催となる蔡國強ですが、今年は、5月10日に終了したPARASOPHIA:京都国際現代芸術祭2015、7月26日から開幕する大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015での里山現代美術館キナーレ展「蓬莱山」、そして7月末からの代官山のアートフロントギャラリーでの個展と、国内で話題の展示が相次ぎます。
蔡の多様な世界を体感する貴重な機会。蔡國強をめぐる夏をお楽しみください。
越後妻有里山現代美術館[キナーレ]特別企画展
「蔡國強 蓬莱山—Penglai / Hõrai」:2015年7月26日(日)~9月27日(日)
※大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ2015のプロジェクトとして開催
東京展 於アートフロントギャラリー
「蔡國強 アート・アイランド」展:2015年7月28日(火)~9月6日(日)
※オープニング 7月27日(月)18時より