春から初夏へ

 日本画では、四季折々の自然や湿潤な風土によりそう人びとの営みを主題にした作品が数多く描かれています。ここでは、春から初夏の豊かな季節表現を紹介します。
 明治31年に日本美術院の創立に関わった下村観山[しもむら・かんざん]は、明治後半期に線描中心の伝統的な描法から、没線主彩描法といわれる彩色の濃淡で対象を表現する描法を試み、横山大観[よこやま・たいかん]や菱田春草[ひしだ・しゅんそう]らとともに日本画の新しい空間表現を模索しました。《春日野》[01]は、松と藤の花房のもとに、古来より神の使いとして大切にされてきた春日大社(奈良県)の鹿が憩う様子が描かれています。鹿の体毛を一本一本描く繊細な筆遣いと、藤の花房の立体感が巧みに表現されたみごとな作品です。
 今村紫紅[いまむら・しこう]は、文人画と、文芸雑誌『白樺』などで当時積極的に紹介されたヨーロッパの印象派・後期印象派の画法を融合させ、のびやかで、暖かみのある独創的な風景画を確立しました。《潮見坂》[02]や《新緑》は、その典型的な作品といえます。
 鏑木清方[かぶらき・きよかた]は、江戸や明治の風俗を愛惜の念をこめ、きめ細やかに描きました。《暮雲低迷》では、夕暮れの雲間からのぞく、桜や人びとの営みが、湯の里にたなびく湯気とともにデリケートに表現されています。
 13歳で清方に入門した伊東深水[いとう・しんすい]は、現代的な女性美を生き生きと表現しました。版画集『新美人十二姿』所収の《涼み》は、大正期の新版画運動の中心的存在と目された深水と、版元である渡邊庄三郎[わたなべ・しょうざぶろう]との協働によって生まれた、清涼感あふれる作品です。

01

02

下村 観山 | 春日野

下村 観山(1873-1930)
《春日野》
明治33年 絹本着色、軸

SHIMOMURA Kanzan(1873-1930)
Kasugano
1900 Color on silk, Hanging scroll

今村 紫紅 | 潮見坂

今村 紫紅
(1880-1916)
《潮見坂》
大正4年
絹本着色、軸

IMAMURA Shiko
(1880-1916)
Shiomizaka-Slope
1915
Color on silk,
Hanging scroll

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