都市の記録、都市の記憶 - ウジェーヌ・アジェと原田正路

 ここでは、みずからの生活世界である都市空間を見つめたふたりの写真家を紹介します。
 役者から写真家に転じたウジェーヌ・アジェ(1857-1927)は、ほどなくパリや近郊都市の記録とその販売に専念するようになります。ありふれた街路、商店のたたずまい、邸宅の装飾やカフェの看板、城壁跡など、中心部から周縁部にいたるパリを博物事典のように撮りためた写真は、公共機関に収められたものだけでも約1万7,000点に及びます[01][02]。それらは、20世紀初頭にパリが近代都市に生まれ変わろうとする一方、社会が旧い街並みの保存も訴えはじめるなかで、「都市の記録」として機能しました。のちにシュルレアリストたちは、この即物的ともいえる風景の描写に、日常に潜む異世界の気配を見いだし高く評価します。これを機に、アジェの写真は、本人の意図を超えて「芸術作品」としての価値を付加されていくことになります。
 原田正路[はらだ・まさみち](1931-1999)は、旧満州に生まれ、長崎・福岡を経て1980年代後半に横浜に移り、晩年の10年あまりをこの地で過ごしました。「横浜」シリーズ[03]では、みなとみらい地区を中心とした都市開発のイメージと、逆光に映える彫像、並木道をゆく人物のシルエット、朝靄にかすむ陸橋といった旧き横浜のイメージが交錯し、ひとつの街の過去と未来が浮彫りにされています。アジェと対比するならば、原田は忠実な記録というより、歴史とそこに住まう人びとの記憶によって育まれる都市の姿に、深く迫ろうとしています。開港後の日本の近代化を支えた異郷の人の墓地を、叙情性ゆたかに描写する「外人墓地」シリーズ[04]は、原田のそうした眼差しを強く感じさせてくれます。

ウジェーヌ・アジェ | 宿屋「金のコンパス」、モントルゲイユ通り72番地、パリ2区

ウジェーヌ・アジェ(1857-1927)
《宿屋「金のコンパス」、モントルゲイユ通り72番地、パリ2区》
1905年(1977年のプリント)
ゼラチン・シルバー・プリント

Eugène ATGET (1857-1927)
Auberge du Compas d’Or, 72 rue Montorgueil, 2e
1905 (1977 Print) Gelatin silver print

ウジェーヌ・アジェ | ラ・ビエーヴル河口、イタリー港付近、パリ13区

ウジェーヌ・アジェ(1857-1927)
《ラ・ビエーヴル河口、イタリー港付近、パリ13区》
1913年(1977年のプリント)
ゼラチン・シルバー・プリント

Eugène ATGET (1857-1927)
La Bièvre à l’entrée dans Paris, près de la porte d’Italie, 13e
1913 (1977 Print) Gelatin silver print

今村 紫紅 | 潮見坂

原田正路(1931-1999)
「横浜」シリーズより
昭和61-平成10年
ゼラチン・シルバー・プリント

HARADA Masamichi (1931-1999)
From the Series “Yokohama”
1986-98 Gelatin silver print

今村 紫紅 | 潮見坂

原田正路(1931-1999)
「外人墓地」シリーズより
平成4-平成8年

ゼラチン・シルバー・プリント
HARADA Masamichi (1931-1999)
From the Series “Foreign Cemetry”
1992-96 Gelatin silver print

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