「《王様の美術館》からつむぐ物語」入選作品決定!

ルネ・マグリット 《王様の美術館》
1966年
油彩、カンヴァス 130.0×89.0cm 横浜美術館蔵
数多くの魅力的な作品のなかから、入選作3点を選出しましたのでご紹介いたします。審査にあたっては、絵画に描かれているものを起点として発想されているか、そこから《王様の美術館》の鑑賞を深めることができるかという観点を重視しました。また、俳優・ダンサーの森山未來さんがこの3つの物語を朗読し、さらに物語の世界観をパフォーマンスで表現してくださいました。その映像もあわせて公開いたします。
《王様の美術館》からつむがれた数々の物語を通じて、この作品と向き合う時間が、より深く、より豊かなものとなれば幸いです。
俳優・ダンサーの森山未來さんによる入選作品の朗読と、
その世界観を表現したパフォーマンスの映像を公開!
《王様の美術館》からつむぐ物語
出演:森山未來
映像ディレクション:西野正将
撮影:西野正将、大野隆介
照明:鈴木昭彦
音声:清水裕紀子
スタイリスト:杉山まゆみ
ヘアメイク:須賀元子
衣装協力:ASEEDONCLÖUD http://www.aseedoncloud.jp
協力:武重裕子、横浜赤レンガ倉庫1号館
制作:横浜美術館 教育普及グループ
※物語のテキストをYouTubeの字幕(日本語)で表示させることができます
5歳から様々なジャンルのダンスを学び、15歳で本格的に舞台デビュー。2013年には文化庁文化交流使として、イスラエルのテルアビブに1年間滞在、インバル・ピント&アヴシャロム・ポラック ダンスカンパニーを拠点にヨーロッパ諸国にて活動。 ダンス、演劇、映像など、カテゴライズに縛られない表現者として活躍。近作として、ショートフィルム「Delivery Health」(初監督作品)、ソロ・リーディングパフォーマンス「見えない/見えることについての考察」(演出・振付・出演)、主演映画「UNDERDOG」などがある。
朗読・パフォーマンス後に森山未來さんからコメントをいただきました
「謎めいた感じや薄ら寂しい空気感が3篇の物語に通底しているような気がして。この絵に何かそういう力があるのかなあと思いながら読みました。 お三方それぞれがどういうイメージでその物語を描いたのかを想像しながら(身体表現で)遊びました。楽しかったです。」
審査結果
募集期間 | 2020年11月14日(土)~12月16日(水) |
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対象 | 子ども~大人 |
応募点数 | 1,002点(一般272点、小・中・特別支援学校730点) |
入選作品 【3点】 |
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佳作 【10点】 |
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審査員 | 横浜美術館館長 蔵屋美香、展覧会担当学芸員、主席エデュケーター |
入選作品
鏡男と不思議な絵
日下 雪
あるところに、鏡男という哀れな男がいて、ただ鏡のようにあたりの風景を写して生きていました。鏡男はある日ふと、どこか遠い静かなところへ行きたいものだ、と思い立ちました。騒がしい街並みが絶えず自分の中を駆け抜けていくような生活に、彼はいつの間にか疲れ果てていたのでした。
鏡男は西へ向かいました。霧の濃い山中を歩いて3日目、鏡男は一軒の赤い屋根の洋館を見つけました。中へ入ると、そこは小さな美術館でした。見たこともないほど美しい数々の名画に見とれ、ふと外の空気を吸いにバルコニーへ出た鏡男が戻ろうとした時、彼は目の前に立ち塞がるように一枚の絵が出現していることに気がつきました。
一瞬、姿見かと思ったそれは、紛れもない自らの肖像画でした。しかししばらくして、彼は絵の中に不思議なものを見つけました。鏡男が背にしているバルコニーの囲い、その上に何か、奇妙な丸い物体が描かれています。彼が思わず振り返るのと、絵の中の男が両腕を伸ばして鏡男のことを突き飛ばしたのは、同時でした。鏡男はどこまでも深い闇の中へ落ちて行きました。薄いガラスの砕けるような音が微かに木霊し、後にはまるで何事もなかったかのような山奥の静けさだけが残りました。
泥棒さんのモノローグ
中島 羽笛
何をかくそう、私は泥棒なのである。泥棒なのになぜしゃれた帽子をかぶり、スマートなコートを着ているのかだって? そりゃ日本人の頭が古いんだよ。今どき、手拭で頬かぶりし地下足袋をはいているなんて時代おくれさ。私の生まれた北欧ではみんな立派な紳士服姿なんだぜ。
私が狙うのは古今東西の名画ばかり。もうヨーロッパの大きな美術館からいくつもの大作をゲットしているんだ。それが高い値段で売れてね。この商売とてもやめられないよ。
こんな腕っこきの泥棒になるには、いくつもの特技が必要だ。私の最大の秘技は透明人間になれること。姿を消せば警戒の厳しい美術館にもぐりこむのも簡単さ。今、スウェーデンの北のはずれの美術館に着いたばかり。さあ目を光らせてこれからひと仕事だ。透明になったから身体の奥に北極圏の淋しい大地や暗い空が見えるだろ。だけどここはどうにも寒いね。早く盗んで早く南に帰ろう。
誰も知ることのない話
福士 音羽
王様は今日もひとり、バルコニーへと向かいました。
そこには、黒衣に身を包んだ男が静かに佇んでいます。鬱蒼とした森の中にあるこの城を訪れる者はこの男だけ。最初こそ驚いた王様ですが、今は慣れたものです。
王様が「今日も頼む」と声を掛けました。すると周囲の暗色に同化していた男の姿が透けて、代わりに夜が明けてきた空と、森の中にある美しいお城が浮かんだのです。王様はそれをうっとりと見つめると、満足気にほう、と息をつきます。
「やはり何よりも美しかった、我が城は」
そう言うと今度は悲しそうに溜息をついて、あたりを見回しました。かつて国一番の美しさを誇った城はもう何百年も人は住んでおらず、今は廃墟となり、灯りの消えた城は常に真っ暗です。王様ももう王様ではなくなっていました。
一人この城にいつまでも残り続ける王様はこうして、男の姿を通して二度と訪れることはない城の夜明けを毎日臨みます。美しい情景を映すその男を、王様だった幽霊は「王様の美術館」と名付けました。誰も知ることのない話です。
佳作
影の王様
神村 俊光
『光あれ』と神は言った。
闇の中に光が生まれ、光の下に人が作られた。
神は人に試練を与え、人はそれを乗り越えることで成長していった。
厳しさを増す試練を、村を、町を、国を作ることで人は乗り越えていった。
やがて、人の中から王が生まれた。
王は法を作り、人々に庇護を与えた。
人々は王を称え、王の支配を讃えた。
「王様、万歳」「王様は神様のようだ」
神は王に試練を与えることにした。
『光は闇に、闇は光に』と神は言った。
世界の法が変わり、空から闇が降り注ぎ、闇を遮った所にだけ光が現れるようになった。
人々は混乱し、王に助けを求めた。
王は闇を遮る屋根を造ろうとしたが、闇の中では困難だった。
そこで王は最も高い場所である城の上で、自らの体を使い、闇を遮った。
身を挺して光をもたらした王に、人々は感謝した。
そして身動ぎ一つできない王に感謝の気持ちを伝えるため、美術館を建てて一枚の絵画を飾った。
歌姫のひととせ
seconndvenus
盲目の母を慰めるために、毎夜、美しい歌を歌う姫がいた。かかし王国の王様は遠くの星座から流れてくる心に染みるその歌に魅せられて、姫を自分の館に招くことにした。姫は喜び、円盤に乗ってやってきた。円盤を王様はこっそり石に変え、彼女は故郷に帰れなくなってしまう。
深い森に佇む館には、無数の小部屋が続いている。毎日おそるおそる扉を開けると、不思議な一枚の絵に出会うのだ。秘密めいた絵には、空に溶ける封筒や雲が乗ったグラスが描かれていて、姫は想像の作者と対話しながら、毎晩、絵の物語を歌にした。目の見えない母が心配しないように、夜空を翔る声に心を込めた。
一年経った頃、塔の天辺に上った。他に扉のない最後の部屋には、星のない暗い空を背景にしたシルクハットのかかしの王様の自画像が待っていた。光がうっすらと始まる朝明けの歌を、姫が口ずさむと、王様の体が窓になり、母の待つ遠い星へ、姫は旅立っていったという。
Mのたくらみ
高橋 朋子
黄昏の図書室で、画家Mの事を調べていた。机上に広げた資料の頁を捲ろうとすると、何かが靴にコツンと当たった。鈍く光るボールの様な物だった。その表面には溝が刻まれており、そこから藍色の靄みたいなものが現れ、みるみる床に広がり足を隠すと、足の感覚がなくなった。それが、膝、腰と上がってくる。手の感覚も奪われ、咄嗟に、頭の中だけは守らなくてはと、靄を睨み、呼吸を止めた。すると、何者かに帽子を被せられ、不安が消えた。全てが音のない藍色の夜に包まれていた。星影の下、山の中にいる時の匂いがしたかと思うと、目の前に屋敷が建っていた。入り口の両開きの扉が独りでに開き、一点の絵が目に入った。それを立て掛けたイーゼルにメモがとめてあり、“題名『王様の美術館』/モデルは君”と書いてあった。突然、「閉館時間です」という声が頭の中で響く…。元通り、図書室にいた。18時。急ぎ資料の頁を捲ると、写真のMがニヤリと笑っていた。
闇夜のパ・ド・ドゥ
矢鳴 蘭々海
「王女様。私と踊っていただけませんか?」と、不意に鉄の球体から低い声が聞こえた。
夜に一人で城のバルコニーにいた王女は、驚いて目の前の球体を見つめた。横に一筋の溝が彫られている球体は、まるで目のない人の顔のようだった。
次の瞬間、その溝の中からシルクハットをかぶった男性の輪郭をした影が現れて、月明かりの下にうっすらと浮かび上がった。
「王女様と一緒に踊りたくて、魂だけを球体に閉じ込めて城に忍び込んだのです」
影の声を聞いて、踊りをこよなく愛する王女は一緒に踊り始めた。王女は軽やかに足を上げ、闇夜の中でグラン・ジュッテを舞った。着地する王女の体を影が優しく受け止めた。ピルエットで華麗に回転する度、王女は風に包まれる気持ち良さを肌で感じた。いつまでも、いつまでも、こうして踊っていたい。他にはもう何もいらない。無限に回り続けるうちに、王女と影は一つに混ざり合っていった。
向かい合う男女の横顔のような闇に囲まれて、夜明け色になった影の顔には、王女の目と鼻と口が静かに浮かんでいた。
人類の絶望へ
小澤 さら
この男性は、人の気持ちでできている。世界が幸福なときは晴れているが、混乱したりしているときは雨が降ったり、きりがかかったりする。この男性の目は、人の本音を見る。鼻は、未来をかぎわける。口は、過去の過ちを直す。しかし、いつでも使える訳ではない。
今、世界は混乱している。戦争のためだ。この男性は未来をかぎわけ、赤い屋根に住んでいる戦争を起こした王様に降参するように言った。だが、王様は聞かなかった。男性は最後の手段として石でできた未来を見せることのできるカプセルを王様に見せた。男性はこのような世界になってしまえば過ちを直すこともできないと言った。王様はおびえていた。だが王様は、うそだと言い、カプセルを地面に投げつけた。男性は、もう止めることはできないと悟り、消えていった。
翌年、戦争は終わらず、地球の80%の土地が毒ガスに包まれ、人口は10億人まで減った。そして世界は、暗闇に包まれた。
二〇三〇年までに
金沢 蒼
暗い森の中、男は歩く。その男は三十代前後でスーツを着ていた。男は低い声でつぶやく。
「前に地球に来た時よりひどくなってる。恐竜なんて比じゃないほど生物が死んでるな。」
そういうと、通信機のようなものをとりだした。
「テステス。聞こえますか、王よ。こちらは以前、恐竜を隕石で絶滅させた地球です。今度は人という種族が地球の均衡を脅かしています。…はい。そうです。人です。今度はどうやって絶滅させますか?…ほう。じりじりと太陽の熱で干からびさせてミイラとして我が星に持って帰ればよいのですね。承知しました。…あっ私のクローンに映像を映します。私の腹に映っている廃館を拠点に実行していきたいと思います。…作戦名?…地球温暖化作戦、でどうでしょう。…センスが良い!?ありがたきお言葉です。二〇三〇年までに人のミイラを六十五億ほどお持ちします。きっと化石よりも素晴らしい美術品となりますよ。地球も王様の美術館も得。一石二鳥ですね。」
この世界
佐々木 比呂
私はこの世界を見守ってきた。ときどき知りたくないことも知ってしまう。戦争、差別、貧しい世界の子供達の生活。この世界は正直くるっている。私は目をとった。この見たくない現実を、目をそらしたくなるほどの現実をみないため。山奥に一人家を建て生活してもダメだった。だから私は目をとった。私は鼻をとった。この世界の排気ガスにまみれた世界にあふれる血のにおいをかがないため。私は口をとった。この世界で口は不幸をうむ。言葉によって人は傷つき、人は悲しむ。私はちょっとした言葉で人を傷つけるような人間にはなりたくない。だから私は口をとった。私は近くの山の崖から飛びおりた。どんなにこの世界から目をそらしてもこの世界は最悪だ。今この世界に生きる人々全員が世界を変えようとしなければ。顔のどこをとる時もすごく痛かった。だけどこの世界の現実をみる心の痛みよりは全然痛くなかった。今、とった私の顔はどんな世界をみているのだろう。
子どもの部
ぼうしとてのおはなし
加藤 偉月
あるいえに、さんにんのおうさまがいました。
おうさまにはてがありませんが、じしゃくなので、ものをつかむことができます。
あるひ、ひとりのおうさまが、てれびをみていました。
おなかには、てれびにうつったいえがはんしゃしています。
とつぜんかぜがふいて、だいすきなぼうしがとんでいってしまいました。
そして、うえからぼーるがおちてきて、ひびがはいりました。
びっくりしたおうさまはどんどんちいさくなっていきました。
どんどんどんどんちいさくなって
ついにてれびにとじこめられてしまいました。
つぎのひおうさまは、てれびでちぢんだことをはなしました。
そして「えい!」とじゃんぷして、てれびからとびだしました。
おうさまはまたすこしずつおおきくなってきました。
すると、てがみつかりました。
そしてぼうしもみつかりました。
だいすきなぼうしがみつかって、おうさまはうれしくなりました。
いえにかえると、ふたりのおうさまにこのおはなしをしてあげました。
くらいもり
鈴木 詞都
くらいもりのなかに、しっかさんというひとがいました。しっかさんはずっと、とてもさむいところにいました。しっかさんのからだのなかはすごくさむいのです。でも、しっかさんはほんとうはこころがとてもあたたかいひとです。みんなしっかさんになつきます。みんながたくさんおはなしをしてくれるのでしっかさんはとてもしあわせになりました。からだのいろはずっとくらかったけど、あたたかいこころがあつまって、ちょっとずつあたたかいいろにかわっていきました。
初めての
針生 未貴
私はくらやみの中で生まれた。星が見えないほどのくらやみだ。暑くも寒くもない。
ペタペタ、私の足音だけがひびいて聞こえる。どれくらい歩いたのかな。何もこわくない。ただひたすら歩きたい。だんだんと速くなっていく、走っていく。それが楽しくなり何分か走っていた。ふと「コツコツ」と私とちがう足音がなりひびいてきた。うしろをふりむくとスーツ姿の男の人がこちらを見ている。男の人がおじぎをすると私もつられておじぎをかえした。男の人が私のほうへくる。にげようか声をかけようかとまようひまもなく私のところへきた。ほんの一瞬で。
男の人は、きりっとした目とほんのり赤いくちびるで私に話しかけた。「見てて」とすきとおるような目で。とつぜん男の人の体に山と一軒の家の風景がうかびあがった。男の人の顔は目と鼻と口だけが残った。私は思わず呆気に取られた。触れてみた。するとそこは男の人の風景だった。私にとって初めての世界だった。
