2023年1月、横浜市立領家中学校に出張し、アーティストの松田修(まつだ・おさむ)さんを講師に迎えて授業をおこないました。テーマは「ガチで価値についていっぺんバッチバチに考えてみる会」。
その授業の様子をレポートします。
泉区の閑静な住宅街の中にある横浜市立領家中学校の3年生172名を対象に、アーティストの松田修さんを招いて50分の授業を行いました。
松田さんは現代美術作家で、自身の生まれ育った環境や価値観を美術の文脈に持ち込むような作品を制作されています。松田さんならば美術の本質的なことを中学生と一緒に考える授業を行っていただけるのではないかと思い講師を依頼しました。1月末の受験を控えた生徒も多い時期、どのようなテーマの授業ならば生徒にリアリティを持って受け止めてもらえるのか検討を重ねました。
松田さんと先生との打ち合わせで、「お金」「価値」「印象に残るか」等のキーワードがあがり、ドリルを事前に配布することと授業の内容が決まりました。
「中学3年生のお金ドリル」
身近なモノや美術、ジェンダーなど、様々な事柄について「お金」を切り口にした16の〇×問題と解説で構成されています。
ドリルの問題を1つご紹介します。
○か×で答えましょう。
オークション中にシュレッダーにかけられた作品として知られるバンクシーの《Love is in the Bin (愛はゴミ箱の中に)》。2018 年当時のオークションでは約1億5 千万円で落札された。その後、所有者が再度2021 年にオークションへ出品した際の落札価格は、2018 年の5 倍、約7 億5千万円である。
答えと解説:×
5 倍どころじゃありません。2021 年のサザビーズ・オークションにて、約29 億円(!) で落札されました。ちなみにオークションで「儲ける」のは、作者ではなく所有者なのです。なんでやねん! (松田)
このような問いと解説が16問!なかなか解き応えがあります。
さらに、ドリルの中に松田さんが書かれた「はじめに」と「おわりに」の部分に、今回の授業の狙いがわかりやすく記されているので全文引用します。
はじめに
こんにちは。
みなさん、今は受験をひかえた大変で大切な時期だと思われます。
そこで、息抜きにもなるのではと「ドリル」を作ってみました。
受験同様、これからずっと大変で大切だと思われる、「お金」についてのドリルです。
とはいえ選択問題です。気軽にやれると思います。
そして、僕は「選択すること」が、表現の第一歩だと考えています。
これから何回もあるであろう、みなさんの様々な「選択」の、少しでも役に立てば幸いです。
おわりに
「何人かの生徒は『松田修』って検索するかも」とセンセーに聞いたので、一応僕の話を書いておきます。
「松田修」は同姓同名の鬼才秀才が多いので、たどり着く人は少ないかもしれませんが......
たどり着くと、中には「えげつな」かったりで、びっくりするものも出てくるかもしれません。僕の作品には、事実、そんな作品がたくさんあります。
僕は、いわゆる貧困地域で生まれ育ち、その地域ならではの倫理観や美意識を使って、作品を作っています。貧困地域だったこともあり、そこで僕が遭遇した様々な「価値観」は、「一般的」といわれる価値観より、特殊なものが多かったです。そして制作を続けていく中で、その「特殊なもの」こそが、僕にとっての「アート」だと気づいたのでした。教科書でみるような「アート」よりも(笑)
それから......まあ簡単にいうと、スラムをレペゼンし続けて、作品制作を続けています。何がいいたいかというと、全ての「価値」は、自分で決めていいはずってことです。たとえ、それが他の人にとって邪悪なものだとしても。ただし、一旦決めた「価値」を、疑うことも忘れずに。「表現」には、もれなく責任がついてくるんです。な~んてびびらしたりもして......でも、ぜひ自分で考えて「選択」し、「表現」し、間違っていたと思ったら選択し直し、上手くいったと思ったら調子に乗ってください。それが、「自分だけの」人生を歩むコツだと僕は思います。
松田 修
授業当日は、各自取り組んだ(であろう)ドリルを持って生徒が体育館に集合しました。授業内容はシンプルで、松田さんからの問いかけに対し、〇か×を選択して体育館の〇か×のエリアに移動し、松田さんが生徒に選択理由を聞いてまわるというものでした。
「ずばり、人生で一番大切なのはお金、経済的な繁栄である?」といった問いかけが全部で5問ありました。いずれも答えの出しづらいものです。自信満々に〇か×を選択する生徒もいれば、迷いながら、もしくは周りの様子をうかがいながらおずおずと選択する生徒もいました。
大勢の人の前で意見を述べるのはとても勇気のいることだと思いますが、発言してくれた生徒たちは、問いに対する自分なりの意見をしっかり持っていたのが印象的でした。
時には〇×ではなく△を選び、どちらでもないことを意思表示する生徒もいました。授業の中で発言する機会がなかった生徒も、1人1人が思考を巡らせ、答えを選んでいたように思います。
生徒の感想
- 考えたことのないようなものを考えるきっかけをくれた。
- 他の人がどんなふうに考えているのかを知ることができて価値観の違いについてよく知ることができた。
- このような授業を受けたことがなかった。楽しかったけど答えるのが緊張した。
- 難しい質問に対して、自分の答えを見つけようとした。
- 人によって考えのベースになるものが違うんだなと思った。
些細なことから人生を左右する重要なことまで、私たちは常に何かを「選択」しながら生活しています。意識的にせよ無意識にせよ、1つ1つの選択の背景には、自分にとっての価値観が必ず反映されているはずです。そしてその価値観は人によって異なるものです。
公立の中学校という異なる境遇の人が大勢集まる場所で、「価値」について皆で一緒に考えたことが生徒の皆さんの記憶に刻まれれば嬉しく思います。
講師:松田 修(まつだ・おさむ) 1979年生まれ。兵庫県尼崎市出身。東京都在住。東京藝術大学大学院美術研究科修了。映像や立体、ドローイングなどさまざまなメディアを用いた表現方法で、社会に潜む問題や現象、風俗をモチーフにして「生」や「死」といった普遍的なテーマに取り組む。近年の展覧会に2022年「すみっこCRASH☆」(無人島プロダクション)、2021年「居場所はどこにある?」(東京藝術大学大学美術館 陳列館)など。卯城竜太(Chim↑Pom)との共著、『公の時代』(朝日出版社)を出版。 |
(市民のアトリエ担当)
[横浜市芸術文化教育プラットフォーム 横浜市立領家中学校 実施 2023/1/27(金)]