風俗画と物語絵 Genre Painting and Narrative Painting

人びとの生活に取材した「風俗画」が絵画のジャンルとして確立するのは、日本では16世紀中頃といわれています。町の風俗や年中行事を生き生きと伝えるために、画家たちは、実景を観察し、ときに表現を誇張するなど工夫をこらしました。

何気ない情景を艶っぽい女性の単身像にたくした歌川(月岡)芳年[うたがわ(つきおか)・よしとし]の「風俗三十二相」は、浮世絵の主要なテーマと表現方法が、明治維新という大きな社会の変動を経たのちも、かわらずに人びとに楽しまれていたことを教えてくれます。いろいろな様子を示す「相」と「らしくみえる」を意味する「そう(さう)」をかけたタイトルも、江戸の粋を感じさせます。

失われゆく江戸の情緒や明治の風物をこよなく愛した鏑木清方[かぶらき・きよかた]は、風俗画にくわえ、深い文学的素養に裏づけられた「物語絵」も得意としました。仏教説話や古典文学の印象的な場面を抜きだして絵画化する「物語絵」は、平安時代からの伝統をもつもので、《春宵怨[しゅんしょうえん]》は舞踊の「娘道成寺[むすめどうじょうじ]」に、《遊女》は泉鏡花の『通夜物語』に題をとっています。しかし、着物や帯の柄、あるいはその合わせ方にみられる画家の意匠は、物語の枠にしばられず、美しいもの、かわいらしいものを愛でる日本人の心にまっすぐ訴えてきます。日常風景を対象とする風俗画と、想像の世界にもとづく物語絵は対照的にも思えますが、清方は両者の味わいをたくみに織りまぜて、独特の情趣をかもしだしています。

鏑木清方(1878-1972)
《遊女》
大正7年
絹本着色、裏箔、2曲1隻
KABURAKI Kiyokata (1878-1972)
Courtesan
1918
color on silk with goldleaf on the reverse, two-panels folding screen

鏑木清方《遊女》