画面が小さく表現が細かい版画は、大画面の絵画とは異なり、落ち着いた部屋で一人で静かに鑑賞するのに向いているといわれます。細部にいたるまで丹念に見ているうちに、いつしか画面の中に引き込まれていたという経験をした人も少なくないでしょう。このように鑑賞者と作品との親密な関係を生み出す版画は、作家たちが自身の幻視や幻想の世界を展開するのに適した表現媒体です。
コルネリス・エッシャーが描く建物が錯綜した町並みは、空間が複雑によじれて、目眩がするような感覚を呼び起こします。駒井哲郎(こまい・てつろう)は、アクアチントやメゾチントの黒い空間に抽象的なパターンがほのかに浮かび上がる幻想的な画面を作っています。長谷川潔(はせがわ・きよし)のメゾチントの作品は、ビロードのような漆黒の背景と謎めいたモチーフの取り合わせが鑑賞者を深い思索の世界に誘います。
版画においては、本来写実的な肖像でさえ、人間存在の深淵をのぞかせるような幻想味を帯びていることがあります。柄澤齊(からさわ・ひとし)は、木口木版の緻密な線によって、人間の内面性を浮き彫りにする印象深い肖像画を作っています。小作青史(おざく・せいし)の、手や顔をモチーフにした作品からは、心の叫び声が聞こえてくるようです。 |