横浜美術館 横浜美術館コレクション展 4月7日(水)-6月30日(水) Yokohama Museum of Art Collection 1 April 7 (Wed)-June 30 (Wed)
コレクション展について
日本画-近代の風俗画
19世紀ヨーロッパの美術-フランスを中心に
横浜ゆかりの画家たち-戦後から現代まで
横浜ゆかりの版画家たち-戦後から現代まで
日本の肖像写真-戦前から現代まで
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今後の予定
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 安政6年(1859)の開港以来140年余りを経た横浜は、幕末・明治期の高橋由一(たかはし・ゆいち)や五姓田義松(ごせだ・よしまつ)らをはじめとし、洋画家たちを数多く輩出してきました。ここでは、戦後から現在までの横浜ゆかりの画家たちの作品を紹介します。
 大正8年(1919)、横浜初の美術団体、横浜美術協会が設立され、現在も「ハマ展」の名で親しまれている横浜美術協会展の第1回展が開催されました。川村信雄は最初期よりこの展覧会に出品するとともにその継続に尽力し、第二次世界大戦後、同展はいち早く再開されました。遠藤典太(えんどう・てんた)、志村計介、桜庭彦治(さくらば・ひこじ)、田辺謙輔らはその会員として戦後の横浜洋画界を先導しました。一方、昭和25年(1950)より野毛山科学館跡では神奈川アンデパンダン展が開催されました。革新性と活力にあふれるこの展覧会には、発案者である山中春雄や兵藤和男らをはじめとして、その後活躍する多くの若手が出品しました。
 昭和40年代以降も、さまざまなグループや展覧会で活躍する画家たちが次々と現れました。昭和43年(1968)より横浜国立大学で長らく教鞭をとった國領經郎(こくりょう・つねろう)は、初期は都市や港湾の景観を点描法で描き、やがて砂丘や海浜を主なモチーフとする作品を制作し、現代具象画壇を代表する作家となりました。横浜に生まれ育ち、現在も精力的に活動を続けている林敬二は、油彩技法に加えて昭和39−42年(1964−67)のイタリア留学で習得したテンペラ技法や、各種の材料で描かれたドローイングを併用し、洗練された色彩感覚ゆたかな絵画を展開させています。
林 敬二 《Visions VIII 〈漾々・アイボリーブラックVIII 〉》 平成7年

林 敬二 《Visions VIII 〈漾々・アイボリーブラックVIII 〉》 平成7年HAYASHI Keiji[ Visions VIII :Floating, Ivory Black VIII ]1995

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