横浜美術館コレクション展 2018年3月24日(土)-6月24日(日)

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小倉遊亀《良夜》1957年 紙本着色 140.0×97.0cm

展覧会概要

■コレクションをつくる。未来へつなぐ―近年の収蔵品より
■人を描く―日本の絵画を中心に

今期のコレクション展は、2つのセクションで構成します。

「コレクションをつくる。未来へつなぐ―近年の収蔵品より」では、2010年代の収集作品の中から初展示となる作品を中心に、近年とくに厚みを増した近現代日本美術の作品群を、4つのテーマでご紹介します。写真展示室では、新収蔵作品から、土田ヒロミの広島をめぐる3つのシリーズと、石川直樹の「ARCHIPELAGO」シリーズを特集します。 
横浜美術館は、横浜市の収集方針に則って市に候補作品を提案し、毎年の美術資料収集審査委員会を経て、新たな作品を収蔵しています。コレクターや市民の方々からの収集のほか、当館企画展のために制作された作品を作家から収集することもあります。また、学芸員の継続的な作家研究が、まとまった作品群の収集に結びつくこともあります。優れた作品を収集し、さまざまな切り口でご紹介し、適切な環境で守り未来へとつなぐことは、美術館の大切な使命です。

「人を描く―日本の絵画を中心に」では、近現代の多様な人物表現をご紹介します。「人」は、古今東西の芸術家を魅了してやまないモチーフです。企画展「ヌードNUDE -英国テート・コレクションより」でもご覧いただくように、こと裸体画は西洋の芸術家たちをとらえ、いつの時代も永遠のテーマであり続けてきました。日本では、1895年に「裸体画論争」を巻き起こした黒田清輝の《朝妝(ちょうしょう)》を嚆矢(こうし)に、日本の風土や精神性に即した裸体表現との格闘が始まりました。そして今日もなお多くの画家が、この主題に挑み続けています。 本セクションでは裸体画のほか、特定の人物の相貌や特徴を描いた肖像画や、見る人の心を映す鏡ともなるアノニマスな肖像、また、近代の日本画家たちが理想美を求めて取り組んだ歴史人物画などのテーマにより、作品を展示します。作品に込められた、画家たちの人間観や歴史観を感じとっていただければ幸いです。 

作品リスト [956KB]    

展覧会のみどころ

■近現代日本美術を中心に、初展示作品が多数!
1万2千点を超える所蔵作品の中から、近年特に充実が増した作品の傾向や 作品群の深まりについて、初展示作品を中心に構成します。

■企画展と連動!人物表現の多様性を探る
同時開催の企画展「ヌード NUDE ―英国テート・コレクションより」に関連し、日本に おける裸体表現や肖像、歴史人物画など人物表現へのアプローチを紹介します。

展示構成

「コレクションをつくる。未来へつなぐ―近年の収蔵品より」
横浜美術館では、次のような横浜市の収集方針に則って作品を収集しています。
  1. 西洋文化の流入窓口であった横浜開港当時からのヨーロッパ近代美術と日本近代美術の相互影響の足跡がたどれる作品
  2. (1)現代美術の展開と流れの眺観に役立つ作品
    (2)今日の美術が内包する問題点を明確に表している作品
    (3)近代美術の一分野としての写真の代表作品
    (4)現代の市民生活に密着した分野(デザイン、工芸、建築及びビデオ)の代表作品
  3. 横浜ゆかりの代表的作家の作品
  4. 岡倉天心との関係を含めて、原三溪に庇護された、日本近代美術の発展に寄与した作家の作品
  5. 所蔵作品や作家に関する資料

横浜美術館は、横浜市文化基金による購入、寄贈、寄託、移管の種別により、作品を収集しています。新収蔵作品と既収作品とがどのように関連し、コレクション展等で活用できるかが、収集時の大切な観点となります。近年は横浜トリエンナーレ出品作の収集も行っています。学芸員の継続的な研究が、体系的な収集に結びつくこともあります。横浜ゆかりの版画家・長谷川潔の2,300点を超える作品と資料などがその典型です。
近年は、①横浜を拠点とする美術の東西交流を示す作品、②原三溪とゆかりの画家の作品・資料、③現代日本版画の多様な展開を示す作品、④横浜トリエンナーレや企画展に出品された国内の現代作家の作品、の収集が特に充実しました。ここでは、コレクション展初展示となる作品を中心にご紹介します。

写真展示室では、新収蔵作品から、土田ヒロミの広島をめぐる3つのシリーズと、石川直樹の「ARCHIPELAGO」シリーズを特集します。

横浜から世界へ―香山、フジタ、長谷川潔
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初代 宮川香山《高浮彫桜ニ群鳩大花瓶》
明治前期
陶器、一対
右)高さ57.5cm、口径20.5cm、幅33.7cm、底径19.0cm
左)高さ58.0cm、口径21.0cm、幅32.0cm、底径18.3cm
寄託(田邊哲人コレクション)

1859年に開港した横浜港は、以来、交易の拠点であるのみならず、東西の文化が行き交う玄関口の役割を果しました。明治政府は工芸品の輸出に力を入れ、進取の気風に富んだ実業家や職人が、全国から横浜に集まりました。1871年に30歳で横浜に窯を開いた陶工・初代宮川香山(みやがわ・こうざん)も、その一人です。香山の「真葛焼」は、欧米で大好評を博しました。当館では新たに、香山を長年研究している収集家の田邊哲人氏より5点の香山作品を受託しました。「高浮彫」による初期の代表作や、中国清朝磁器の研究成果を示す後期の典型作をご紹介します。

藤田嗣治(ふじた・つぐはる)の《マドレーヌ》と、猫が描かれた画帖は、日本郵船株式会社の船長として欧米-横浜航路を担った故・荒木田良亮氏の旧蔵品です。《マドレーヌ》は、藤田が妻のマドレーヌを伴って横浜入港の「秩父丸」で帰国した際、荒木田船長に贈った作品です。

横浜に生まれパリで活躍した長谷川潔(はせがわ・きよし)については、近年、ご遺族の寄贈により、愛用のモチーフや版木などの資料が充実しました。また、27歳での渡仏以前に、文学青年たちとの交流を機に表紙や口絵を手がけた文芸同人誌などが、新たに収蔵されました。 
原三溪とゆかりの画家
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中島清之《郁代》1934年
絹本着色
125.0x41.5cm
中島洋光氏寄贈

生糸貿易で財を成した横浜の実業家・原三溪(はら・さんけい/1868-1939年)は、類まれな商才に留まらない、多面的な魅力に富んだ人物だったことで知られます。幼少時より絵画、漢学、詩文に親しみ、伝統的な文化の保護を重んじた三溪は、本牧の住まいに各地の歴史的な建造物を移築して三溪園を造営し、1906年に無料開園しました。古美術品の収集や、芸術家の支援・育成を行った三溪のもとには、岡倉天心を通じ、日本美術院の画家たちが集いました。彼らは、三溪の古美術コレクションで審美眼を養い、また三溪の資金援助により、安定した環境で創作活動を行うことができました。下村観山(しもむら・かんざん)は、三溪が用意した本牧の邸宅で制作に励み、横浜を終の棲家としました。

当館では、三溪が庇護した日本画家の作品収集を、開館当初より行っています。特に観山は、2013年に開催した回顧展前後に、画稿や日記などの収集が進み、収蔵点数は350点以上に及びます。近年は、三溪自身の書画や書簡のほか、日本美術院の第三世代にあたる牛田雞村(うしだ・けいそん)、中島清之(なかじま・きよし)、柳下晴屋(やぎした・せいおく)といった横浜の画家たちの新たな作品が収蔵されました。
現代日本版画の多様な広がり
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吉田亜世美 《LINEAR COMPOSITION L25-B.B.M.》 1984年
多色木版 59.9x59.9cm
作家寄贈

日本では1950年代に国際的な版画展が盛んとなり、木版画や銅版画の作家たちが海外からも注目を集めるようになりました。大衆の生活に密着した主題を木版画で表した小野忠重(おの・ただしげ)や、銅版画、木版画、リトグラフなどを自在に駆使して多彩な作風を示した関野凖一郎(せきの・じゅんいちろう)も、その頃から活動の幅を広げていきました。1960年代後半には、リトグラフやシルクスクリーンの制作が盛んに行われるようになり、さらに1970年代には、さまざまな素材による版の表現が試みられました。中林忠良(なかばやし・ただよし)はその頃より、木片や草花などの自然物をコピー機で複写し、それに補筆したものを下図として銅板に転写、さらに腐食の工程によってモチーフの実在感を版画に「転位」させる、という手法を展開しています。
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吉田千鶴子
《夜半の雪》1991年
亜鉛凸版、木版
102.0x42.0cm
作家寄贈

今日、新しい素材や技術の進展によって、版画の概念はさらに大きく変容を迫られています。木版画に写真製版の技法を取り入れた吉田穂高(よしだ・ほだか)、その妻で、結婚後に前衛美術家から版画を中心とする活動へと移行した吉田千鶴子(よしだ・ちずこ)、二人の長女で、木版画の「彫る」プロセスに関心を寄せて世界各地で活動を展開する吉田亜世美(よしだ・あよみ)。彼ら親子の歩みは、そうした時代の中で、版画の魅力と可能性を発信し続けてきた軌跡と言えます。
同時代のアーティストの作品:日常と非日常の境にリアルを探る
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木村浩《言葉》(部分)1983年
アクリル絵具、カンヴァス 4点組
116.6×90.9cm
作家寄贈

当館では、今この時代を生きるアーティストの展覧会も企画し、開催しています。また、2011年からは横浜トリエンナーレの主会場のひとつにもなっています。そうした展覧会を機にコレクションとして収蔵された作品の一部をご紹介します。

金氏徹平(かねうじ・てっぺい)は日用品や既製品を組み合わせる手法で制作しています。一見アンバランスに積み上げられた素材は、樹脂で固められ、元の道具からは想像もできない姿を示しています。横尾忠則(よこお・ただのり)の作品には、一つの視線の向こう側に左右で違う世界が出現するかのようなY字路が描かれ、日々のなかで出会う選択と戸惑いについて、気づかせてくれるかのようです。

また、回廊に設置された望遠鏡を覗き込むと、岩崎貴宏(いわさき・たかひろ)の作品が現れます。繊細な作りの作品は、実は髪の毛やほこりなど、日常のなかで人が出す塵によって作られています。

日用品やごみ、普段歩いている路(みち)、住居そして私たちが交わす言葉さえも作品となっています。アーティストたちがとらえた現代の断片は、私たちの暮らす「日常」のなかでは触れることのできない現実(リアル)を、作品という「非日常」から探るものと言えるでしょう。
【写真展示室】特集①土田ヒロミ「ヒロシマ」シリーズより
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土田ヒロミ《懐中時計(「ヒロシマ・コレクション」より)》1979-82年
インクジェット・プリント
59.4×42.1cm
作家寄贈 

土田ヒロミ(つちだ・ひろみ)は、1960年代後半から写真家として活動を開始し、日本各地の土俗的な文化や風俗、群衆を取材し、集団のすがたを独特の視点で切り取ったシリーズで知られています。「ヒロシマ」シリーズは作家がライフワークとして、原爆投下後の広島を現在まで定点観測的に捉えた作品です。
広島平和記念資料館収蔵の、被爆者の遺物を撮影した《ヒロシマ・コレクション》や、広島市内を40年にわたり定点観測した《ヒロシマ・モニュメント》、そして被爆した子供たちのその後を追ったポートレート《ヒロシマ1945-1979 / 2005》の三つを中心としたこの「ヒロシマ」シリーズは、ヨコハマトリエンナーレ2014で展示されたことを機に、当館に収蔵されました。
ポートレートには1951年刊行の『原爆の子』に掲載された作文と共に、当時執筆した子供たちの、その後の姿が写されています。一方で、被写体になることや取材を拒否したことを伝えるキャプションもあります。
土田の写真には、「ヒロシマ」に生きる人々が、被爆体験や環境の変化をどのように受け止めてきたのかが、写しだされているのです。
【写真展示室】特集②石川直樹「ARCHIPELAGO」より
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石川直樹《ARCHIPELAGO 沖縄本島》 2009年
発色現像方式印画
48.0×59.0cm
作家寄贈

ヒマラヤなどの極地から、混沌とした都市まで、縦横に旅する冒険家としても知られる石川直樹(いしかわ・なおき)は、本州の南北に連なる島々と、そこに暮らす人々の姿を、長年にわたって撮影してきました。「ARCHIPELAGO」(アーキペラゴ)とは、多島海や群島を意味します。石川の旅は、南はトカラ列島から奄美、沖縄、台湾など、北は北海道からサハリン島、そしてカナダへと連なります。当館ではそのうち、南の島々の写真を収蔵しています。
旅の起点となった悪石島(あくせきじま)には、一年に一度、奇妙な仮面を被った「ボゼ」という祖霊が、海の向こうの異界からやってきます。また連なる島々にも、そうした神様がいます。石川は島ごとの文化の違いや動植物の分布などに興味を抱き、旅を進めました。
人類学的・民俗学的関心を寄せられてきた小さな島々は、そこを治める国家や地域によって、「端」や「周縁」とされてきました。しかしながら、作家が旅を続けるなかで知ったのは、島とは海が結ぶ大きな世界への「入口」であるということでした。
ひとりの写真家の歩みが写した「島の連なり」は、島々を往き、海を渡った人々の壮大な歩みに重なるものだと言えるでしょう。

「人を描く―日本の絵画を中心に」

「人」は、古今東西の芸術家を魅了してやまないモチーフです。こと裸体画は、西洋の芸術家たちを捉え、いつの時代も永遠のテーマであり続けてきました。日本では、1895年に「裸体画論争」を巻き起こした黒田清輝の《朝妝(ちょうしょう)》を嚆矢(こうし)に、日本の風土や精神性に即した裸体画との格闘が始まりました。日本美術院の草創期の画家・下村観山(しもむら・かんざん)は、1903年に日本人画家で初めての文部省留学生として渡英しました。留学中にはジョン・エヴァレット・ミレイの《ナイト・エラント》を、日本画の画材に通じる水性の絵具で模写し、油彩の原画に劣らぬ力強い裸体表現を獲得しました。そして、今なお、画家たちの裸体画への挑戦は続いています。戦後の日本画家たちは、浮世絵以来の風俗的主題や歴史的・物語的枠組の中で描かれてきた人物画にはない新味を裸体画に求め、近代的造形性を探究しました。小倉遊亀(おぐら・ゆき)の《良夜》はその典型です。洋画家たちは、アカデミックな修練としての西洋式のヌード・デッサンを礎に、社会的存在であり同時に性的存在でもある人間の姿に、それぞれの独創的な手法で迫ろうとしてきました。

このセクションでは、日本の絵画を中心に、裸体画のほか、描かれた人物の表情を鋭敏に捉えてその内面までも浮き彫りにする肖像画や、見ている私たちの心を映す鏡ともなるアノニマスな肖像、近代の日本画家が理想美を求めて取り組んだ歴史人物画や、物語・説話の人物を描いた絵画などをご紹介します。人を描くことを通し、芸術家たちは私たちにどのようなメッセージを伝えようとしているのでしょうか。描き手と描かれた人物、そして見ている自己が交錯する感覚を味わいながら、画中の人物との語らいをお楽しみ下さい。

裸体画
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下村観山《ナイト・エラント(ミレイの模写)》1904年
紙本着色 101.0x75.0cm
原範行氏・原會津子氏寄贈

江戸期までの絵画に描かれた裸体は、労働や夕涼みといった生活風景の中の裸の姿、浮世絵の春画に代表される性的身体、あるいは仏教の六道絵(ろくどうえ)や九相図(くそうず)に登場する屍(しかばね)などで、絵画の一ジャンルとしての「裸体画」は存在しませんでした。そこに、古代ギリシア以来、人間の裸体を美の理想としてきた西洋の思想が輸入され、裸体は絵画の重要なモチーフとして様々に描かれ始めます。

小倉遊亀(おぐら・ゆき)の《良夜》が健康的で堂々とした裸体表現を画面いっぱいに展開する一方、佐々木豊(ささき・ゆたか)の《裸体と衣裳》は、頭蓋骨やタバコなど、生のはかなさを寓意する静物画「ヴァニタス」の典型的なモチーフを取り入れ、妖艶な裸体と死を象徴する要素を不気味に交差させています。また、太田聴雨(おおた・ちょうう)の《飛天》と山中雪人(やまなか・ゆきと)の《魔》には、どちらにも流れるような描線で表された肉感的な女性の身体が登場しますが、前者は仏教の聖なる存在、後者は悪の化身としての裸身を描いており、両者の意味する裸体は対照的です。
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佐々木豊《裸体と衣裳》1993年
油彩、カンヴァス 
130.3x162.1cm
作家寄贈

さらに、松井冬子(まつい・ふゆこ)の《成灰(じょうけ)の裂目(さけめ)》は、仏教の出家者が肉体に対する執着心を断ち切る目的で用いる「九相図」(死体が朽ちていく経過を九つの段階に分けて描くもの)の形式を踏襲しています。古画研究と精緻な人体デッサンの融合で描かれる松井の作品は、私たちが抱く裸体画や女性像への既成概念を解体し、新たなイメージへと導くようです。
アノニマスな肖像―私たちの心を映す人のかたち
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奈良美智《春少女》2012年
アクリル絵具、カンヴァス
227.0x182.0cm

幼い顔にも、あるいはどこか大人びても見える少女が、こちらを見て佇んでいます。奈良美智(なら・よしとも)の《春少女》の姿からは、誰かに似ている、自分の知っている人物であるかのような気配も感じますが、特定の誰かの姿ではありません。肖像画とはもともと、ある特定の人物を表現した絵画のことを言います。では、ここで描かれているのは、いったい誰の姿や顔なのでしょうか。

宮崎進(みやざき・しん)の《沈黙》は、貼り合わされた麻布と石膏によって、粗く顔の形に象(かたど)られ、冷たい鉄板の上に置かれています。自身の4年に及ぶシベリア抑留という、極限の戦争体験に基づく省察を経て、人間の存在への深い洞察と、創造活動の可能性を、静かに、しかし力強く表現しています。ダンス、演劇などの舞台芸術にも造詣の深い小林裕児(こばやし・ゆうじ)は、宙吊りになった人体を大胆に捻じ曲げ、窮屈さと同時に奇妙な浮遊感を《夢酔》に描き出しました。

特定の人物の姿でない、しかし「誰か」の姿をしたアノニマスな(「匿名の」などの意)肖像とは、不安や驚き、期待、喜び、安らぎなどの様々な感情を抱く、私たちの心を映し出すものであるとも言えるでしょう。
人形(ひとがた)
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荘司福《偶》1977年
紙本着色 59.5×73.3cm
荘司準氏寄贈

ここでは、人の姿をかたどったもの、すなわち「人形(ひとがた)」が描かれた作品を展示します。古来、人形は玩具としての用途のほか、人の身代わりとなってくれる、神霊の依代(よりしろ)の一種として使われました。その伝統は今も、信仰や祭祀の場に残っています。また、人の手によって命を吹き込まれ、人間の喜怒哀楽を映す人形は、芸術家たちを魅きつけてきました。

晩年は雄大な自然を描いた荘司福(しょうじ・ふく)は、初期に人物を多く描き、1970年代には「造られた人の形」に関心を移し、文楽人形を取材しました。《偶》は、「壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)」阿古屋琴責(あこやことぜめ)の段などに用いられる「傾城」の首(かしら)を描いたもので、黒の背景に形象を浮かび上がらせる表現は、この頃の荘司作品の特徴です。小牧源太郎(こまき・げんたろう)の《婚姻図(高砂や)》では、結婚の儀を行う男女を、日本の伝統的な水引(みずひき)細工で表しています。土俗信仰に根ざした精神世界をユーモラスに描いたことで知られる、小牧らしい作品です。岩田榮吉(いわた・えいきち)は、28歳で渡ったパリでトロンプルイユ(「だまし絵」の意)の技法に出会い、精緻な写実性と幻想味をあわせもった静物画を終生描きました。蚤の市で古いオブジェや人形を集め、それらを丁寧に修復し、人形の服も自ら作り、作品に登場させました。岩田は「人形=自分であって、要するに自画像を描いているのだと思われます。」と語っています。
肖像画
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岸田劉生《椿君之肖像》1915年
油彩、カンヴァス
45.5×33.5cm

明治の初め、横浜に工房を開いた五姓田芳柳(ごせだ・ほうりゅう)は、絹地に西洋画風の陰影をつけた和洋折衷の表現で、実物そっくりの肖像画を描きました。居留地の外国人から好評を得たこの洋風の日本画は「横浜絵」と呼ばれて一世を風びします。昭和の頃になると、画家たちはそうした写実性への志向から離れ、日本絵画の特徴のひとつとして平面性を再考するようになりました。《奎堂(けいどう)先生》は、前田青邨(まえだ・せいそん)が歴史上の人物ではなく、同時代に生きる人を描いた初めての作品です。モデルは明治・大正の官界・政界で活躍した清浦奎吾(きようら・けいご)。引退後のある日、家を訪ねた青邨を玄関まで見送った際の印象を、簡略化した線と淡い色彩のみでまとめ、個性的な風貌を見事に捉えています。

また、岸田劉生(きしだ・りゅうせい)の《椿君之肖像》と河野通勢(こうの・みちせい)の《自画像》には、同時期に劉生の影響を受けたふたりの画家が登場します。劉生の個展に衝撃を受け、自画像を携えてその門を叩いた10代の椿貞雄。北方ルネサンス絵画に傾倒した頃の劉生の画風を、強く意識していた通勢。2枚の絵からは、幾人もの人を惹きつける磁場を持っていた画家・劉生と、同時代に生きた作家たちの拮抗する情熱が伝わります。

近代以降、写真や映像技術の発達にともない、記録としての肖像画の役割は限定的になりましたが、自画像を含め、特定の人物の似すがたからは、実に豊かな物語を読みとることができるのです。 
歴史人物画
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荒井寛方《一遍上人》1915年頃
絹本着色、裏箔 
239.0x92.6cm

日本が近代国家としての歩みを始めた明治時代、歴史画は盛んに描かれました。特に岡倉天心の薫陶を受けた日本美術院の画家たちは、近代という新しい時代にふさわしい日本画を創出するため、伝統の再解釈と歴史の図像化を積極的に試みます。

木村武山(きむら・ぶざん)は日本美術院の基礎を築いたメンバーのひとりで、歴史画、人物画の担い手として、当時最も有力な存在のひとりでした。《堀河の静》は、源義経の愛妾であった静御前(しずかごぜん)を描いています。京都六条堀川の館で、義経が頼朝の命による夜襲を受けた際、静御前はこれを事前に察知し、鎧兜(よろいかぶと)を用意して義経を窮地から救ったといわれます。画面の左に視線を向け、不安な表情を浮かべて鎧櫃(よろいびつ)に手を伸ばす静御前の描写は、その心情と共に、画面の外の光景までも想像させます。

また、日本美術院の第二世代にあたる今村紫紅(いまむら・しこう)と安田靫彦(やすだ・ゆきひこ)も、多くの歴史画を残しました。伊達政宗は秀吉の軍への参陣に大幅に遅れた際、許しを得るため、死装束に金箔を押した磔柱(はりつけばしら)を掲げて決死の覚悟を見せたといいます。紫紅は、背景に情景を描かず、裏箔を施した磔柱とまっすぐに前を見つめる政宗のみで、この迫真の場面を潔く描き切りました。靫彦の《聖日蓮之門徒》では、日蓮の死に際し、悲しみの中で静かに師を送る門徒が描かれます。画中に日蓮を配さないことが、門徒たちの感じる師の不在の悲しみを、一層強く表すようです。
物語・説話の人物
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下村観山《闍維(じゃい)》1898年
絹本着色 143.7×256.0cm

源氏物語や伊勢物語に代表されるように、物語絵は古くから絵巻物や絵本の形式で描かれ、その登場人物は人々に親しまれてきました。物語絵は長らく、文章と共に手元で楽しむものでしたが、明治になり日本に展覧会の制度が誕生すると、象徴的な場面のみを描く大画面の作品としても展開されるようになります。

守屋多々志(もりや・ただし)の《愛縛清浄(あいばくしょうじょう)》は、イザナギ、イザナミの男女2神が成婚して大八島国(おおやしまくに)を生むという『古事記』の国生み神話を、ダイナミックな構図と色彩で描いています。また、能楽小鼓の家系に生まれた下村観山(しもむら・かんざん)は、謡曲『弱法師(よろぼし)』のうち、盲目の俊徳丸が大阪・天王寺の梅香る中、夕日に向かい極楽浄土を観想する場面に焦点を当てました。双幅に仕立てられた当館の所蔵品では、人物と夕日を隔てることで、俊徳丸の想いと空間の広がりをより一層強く感じさせる工夫がなされています。鰭崎英朋(ひれざき・えいほう)は人形浄瑠璃の『鑓権三重帷子(やりのごんざかさねかたびら)』に取材し、不義密通の濡れ衣により夫・権三に討たれる妻おさいを劇的に表現しました。

同時代の小説に着想を得た作品もあります。鏑木清方(かぶらき・きよかた)の《遊女》は、泉鏡花の『通夜物語』に登場する遊女・丁山(ちょうざん)を描いたものです。美人画家として名をはせた清方の本領が存分に発揮され、物憂げに火鉢へ寄りかかる丁山のほつれ髪や、人魚の尾びれのように伸びる着物の描写が、その艶やかさを引き立てます。

基本情報

会期2018年3月24日(土) ~ 2018年6月24日(日)                                            
開館時間    10時~18時
*2018年5月11日(金)、6月8日(金)は、20時30分まで
*入館は閉館の30分前まで
休館日       木曜日、5月7日(月)*5月3日(木・祝)は開館 
主催横浜美術館[公益財団法人横浜市芸術文化振興財団]

観覧料

一般500(400)円                   
大学・高校生300(240)円                     
中学生100(80)円
小学生以下無料

*( )内は有料20名以上の団体料金(要事前予約)
*毎週土曜日は、高校生以下無料(生徒手帳、学生証をご提示ください)
*障がい者手帳をお持ちの方と介護の方(1名)は無料
*毎月第3月曜日は横浜市在住の65歳以上の方無料(「濱ともカード」をご提示ください)
*企画展ご観覧当日に限り、企画展の観覧券でコレクション展もご覧いただけます。  

関連イベント

スペシャルトーク「佐々木豊、ヌードを語る」(コレクション展 2018年3月24日[土]-6月24日[日])

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佐々木豊《ものみな彼岸へ》2010年
油彩、カンヴァス 227.3x363.6cm 作家寄贈

佐々木豊(画家)
聞き手:横浜美術館学芸員、エデュケーター(教育担当)

日程2018年4月27日(金)
時間14時~15時
会場横浜美術館 円形フォーラム
定員120名(当日12時より総合案内にて整理券配布、お一人様1枚、先着順)
参加費無料(当日有効の観覧券と整理券が必要)

アーティストトーク(コレクション展 2018年3月24日[土]-6月24日[日])

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石川直樹《ARCHIPELAGO 悪石島》2009年
発色現像方式印画 48.0×59.0cm 作家寄贈

石川直樹(写真家)
聞き手:横浜美術館学芸員

石川直樹、1977年東京生まれ。写真家。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)により、日本写真協会新人賞、講談社出版文化賞。『CORONA』(青土社)により土門拳賞を受賞。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか多数。2018年5月8日から28日まで、新宿THE GALLERY 1+2にて個展「流星の島」を開催。

アーティストトークでは、2015年に当館に収蔵され、コレクションとしては初展示となる「アーキペラゴ」の連作についてお話しいただきます。 
日程2018年5月20日(日)
時間14時~15時
会場横浜美術館 円形フォーラム、コレクション展展示室
定員60名(当日12時より総合案内にて整理券配布、お一人様1枚、先着順)
参加費 無料(当日有効の観覧券と整理券が必要)

ギャラリートーク(コレクション展 2018年3月24日[土]-6月24日[日])

さまざまな切口で学芸員やエデュケーターが作品の見どころや楽しみ方を紹介します。

日程
2018年4月13日、5月11日、5月25日、6月8日、6月22日
いずれも金曜日
時間いずれも14時~14時30分
会場コレクション展展示室
参加費無料(事前申込不要、当日有効の観覧券が必要)

関連資料コーナー:もっと知りたい!コレクションされた作家たち。(コレクション展)

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今期のコレクション展の2大テーマの一つは、「コレクションをつくる。未来へつなぐ―近年の収蔵品より」です。「美術資料収集方針」に則って収集されたコレクションから、今期出品される4人の作家に関連する資料を、当センター蔵書からご紹介します。
陶芸家、宮川香山(みやがわ・こうざん、初代1842-1916)は、横浜で窯を開き、真葛焼(まくずやき)(※)を創始した「横浜ゆかりの代表的作家」。金氏徹平(かねうじ・てっぺい 1978-)は「今日の美術が内包する問題点を明確に表わす」現代作家の一人。牛田雞村(うしだ・けいそん 1890-1976)は「原三溪(はら・さんけい 原富太郎)に庇護された近代日本美術の発展に寄与した作家」で、「近代美術の一分野としての写真」からは写真家、石川直樹(いしかわ・なおき 1977-)を採りあげました。関連資料で知るコレクション作家たちの魅力。是非お手に取ってご覧ください。
(※)真葛焼の、葛の「匃」は「匂」が正しい表記です。

会期2018年3月23日(金)~7月31日(火)予定
開催時間10時~18時
休室日木曜日(ただし5月3日を除く)、5月7日(月)
会場横浜美術館美術情報センター 
入場料無料