コレクション・フレンズ 2015年度テーマ作品

2015年は個性豊かなテーマ作品7点を、コレクション・フレンズの皆さんと読み解きます

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     横浜美術館
     主席学芸員 沼田英子

美術館の学芸員は、それぞれの専門分野に関して日々研究を重ねています。しかし、ひとつの作品に対する解説時間が限られている通常の展覧会ギャラリートークでは、どうしても概要のご説明になってしまいます。コレクション・フレンズのギャラリートークは、テーマ作品一点一点に充分な時間をかけ、深くご説明させていただける、学芸員にとっても嬉しい時間です。それぞれの作品が生まれた時代背景や作家の生い立ち、技法、素材などを知っていただくことによって、皆さまの心の中に横浜美術館コレクションへの更なる愛情が育ちましたら幸いです。コレクション・フレンズの皆様と、作品の魅力について語り合う時間を楽しみにしています。 
1.奈良美智(1959-)《春少女》
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(C)Yoshitomo Nara
2012年 アクリル絵具、カンヴァス
227.0×182.0㎝

光輝く色違いの瞳、何か思いを秘めたようにきゅっと閉じられた口。暖かな光に包まれ、真っすぐこちらに向けられた「少女」の眼差しは、「春」という言葉が示すように、新しい出発への強い意志を象徴するようです。奈良の描く人物に特定のモデルはいません。下絵を描くことなく、モザイクのように色面を塗り重ねることで、徐々に図像を生み出す手法で描かれた、作者の自画像のような存在です。本作は、2012年に横浜美術館で開催された個展「君や 僕に ちょっと似ている」に出品されました。
2.遅鵬(1981-)《五行山》
3.横山大観(1868-1958) 《雲揺ぐ》
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2007年(2010年プリント) 発色現像方式印画、マット加工 364.6×119.5㎝

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1927年 絹本墨画、一幅 187.9×72.7㎝

本作は、中国の伝奇小説『西遊記』をテーマに、作家が2007年からライフワークとして取り組むシリーズのうちの1点。モチーフになっているのは第7話、如来の5本の指が金・木・火・水・土(=五行)に転じてできた五連山に、孫悟空が封じられてしまう場面です。五連山が巨大に絡み合う現代の高層ビル群へと翻案され、CG加工による壮大な奥行とスケール感で描き出しました。象徴性に満ちた物語である『西遊記』を通じて、現代中国の姿を批判的に捉えようとしています。

水墨画は中国盛唐期に描かれるようになり、日本では宋元画の影響を受けて、鎌倉時代後期から室町時代にかけて発展しました。7世紀末の画家である殷仲容の画が「墨が五彩を兼ねる」と評されたように、多くの画家が、墨の濃淡・諧調によって光や色を表現しようと試みてきました。本作では、前景に濃墨で、懸崖と微妙な諧調の樹相を描くことによって、煙霧の中に映える巨大な瀧の神々しさを巧みに強調しています。

4.ポール・ジャクレー(1896-1960)《真珠、中国東北地方》
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(C)ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2014 D0906
1950年 多色木版 39.3X29.9cm

パリに生まれ、幼少の時に家族とともに移り住んだ日本で、生涯を過ごしたフランス人画家ジャクレーは、ミクロネシア、日本、朝鮮、中国などの人々を主題に、日本の伝統的な浮世絵版画の手法に基づく多色木版画を数多く制作しました。中国の絢爛豪華な民俗衣装や装身具に着想を得た本作は、ジャクレーの作品のなかでも一際細やかな描写と鮮やかな色彩で彩られており、透けるように表現された淡いピンクのヴェールが、女性の艶やかさを引き立てています。
5.ヴィフレド・ラム(1902-1982)《アダムとイヴ》
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(C)ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2014 D0906
1969年 油彩、カンヴァス 146.0×218.0cm 

中国人の父と、アフリカとスペインの血をひく母の下でキューバに生まれ、1940年頃にシュルレアリスムの洗礼を受けたラムは、東洋と西洋とカリブ海の精神世界を結びつける独自の形態学を確立しました。この「アダムとイヴ」は『創世記』の一場面ではなく、陰(女性原理)と陽(男性原理)の出会いを意味しています。人物は両性具有的に見え、錬金術の寓意像メルクリウスにも通じています。二本の角をもつ小さな顔はキューバのアフリカ系の人々に伝わる混(こん)淆(こう)信仰サンテリーアの運命の神エレグアです。
6.ハンス(ジャン)・アルプ(1886-1966)《成長》
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(C)PRO LITTERIS, Zurich & JASPAR, Tokyo, 2014 D0906
1938年(1983年鋳造、ed. 0/3) ブロンズ 
82.3×23.0×31.0cm

アルプは人や動植物を題材にすることなく、森(しん)羅(ら)万(ばん)象(しょう)に宿る原初的な生命力を形にします。本作では、エネルギーが量塊の内側から体を持ち上げ、天を目指して螺(ら)旋(せん)状に伸び上がらせるかに見えます。しなやかな表皮が、瑞(みず)々(みず)しい霊気に満たされた内部の圧力と見えざる骨の動きとに忠実に呼応して伸縮するように、複雑なシルエットを描いています。アルプの彫刻はこうした成長や変容の瞬間を永遠化したもので、彼はそれを「コンクリーション」(凝固)と呼んでいました。
7.ゲルト・クナッパー(1943-2012)《ヴィーナス》
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1989年 陶磁器 50.0×60.0×35.0cm
ゲルト・クナッパーギャラリー

ドイツ人のクナッパーは、陶芸を志して1966年に来日し、加藤唐九郎、濱田庄司、島岡達三らの教えを受けました。1975年に茨城県大子町の古民家を買取り、そこに窯を築いて東西の美意識が融合した彫刻的な作品を生み出しました。この作品は、海の泡から生まれ貝に乗って岸に吹き寄せられたというギリシャ神話の美の女神ヴィーナスに由来し、どっしりしたフォルムや、灰釉の自然な表情、しなやかな曲線を描く放射状の稜線が、みずみずしい生命の誕生を感じさせます。