蔡國強展アーカイブ

    蔡國強展スタッフコラム 第11回

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    火薬絵画《人生四季》(2015 年、火薬、カンヴァス、作家蔵)の爆破 Photo by KAMIYAMA Yosuke

    10回にわたってお届けした蔡國強展のスタッフコラムも最終回。当初は美術館の館内で火薬爆発による制作を行うとは全く想定していませんでしたが、会場の下見に来た蔡さんの一言「この美術館内でやるのが一番良い。できますよ。」で、この展覧会の命運が決まりました。
    蔡スタジオ+学芸のみならず、横浜美術館の広報渉外、経営、施設管理、清掃、警備のスタッフが一丸となって実現した火薬爆発の成果は、横浜ならではの展覧会に結実しました。東京藝術大学や横浜美術大学、市民ボランティアの皆さんの尽力もあればこその展覧会でもあります。
    本展会期も残すところ今日を含め残り3日。展示作品と共に12分の秀逸なメイキング映像も必ず最後まで見てほしいです!また展示写真や蔡さんの99の物語を収録した展覧会図録も、貴重な資料です。

    世界で紛争が絶えない混迷の今日、蔡さんが提示する「人間と自然との調和、共生、生命の循環」をどうぞお見逃しないように!

    (逢坂恵理子)

    蔡國強展スタッフコラム 第10回 《朝顔》制作プロジェクト第4回

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    第10回

    ≪朝顔≫制作プロジェクト第4回 点火!

    朝から始めた《朝顔》爆破の仕込みは午前中に終わり、昼食後点火することになりました。所轄消防署との申し合わせで、毎日爆破作業の時間を連絡することになっていましたので、見通しが立ったところで消防署に電話を入れます。防火シャッター閉鎖よし、排煙準備よし、火薬格納施錠よし、可燃物撤去よし、爆破現場からの人員退避よし、と一通り確認が済んだところで、蔡さんが導火線に先細の点火器で着火します。シュー、バーンではなくて、シュワッポ、シュワッポ、シュワッポと、大体3つくらいのかたまり毎に、点火位置から近いところから順に火が回っていきます。ッポ、というのは、グラシン紙の下に火がひろがると、その分グラシン紙が花壇の中でポットパイの皮のように膨らんで、熱に耐えきれずにふわっと破れるときの音です。静かな爆破ですが、とても絵になる光景でした。ほんの数秒の爆破作業の後、グラシン紙を固定していた煉瓦を外して、中の様子を見ますと、なんということでしょう、それまで赤みがかった肌色のテラコッタが、いぶし銀のような深みのある金属色を帯びているではありませんか。何か錬金術師の実験に立ち会ったような貴重な体験でした。

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    (蔡さん着火するの図)

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    (蔡さん色づきを愛でるの図)

    最終組み立てと展示

    爆破の終わったテラコッタが冷めたところで、もとのパレットにきれいに積んで展示室に運びます。展示は別の日に2日間にわたって行われました。まず新潟の山中から蔡スタジオのTさんが採ってきた天然の藤蔓を高さ10メートルの天井に固定したトラスやパイプにワイヤーを使って固定する作業です。生の藤蔓は事前に数日間燻蒸してあります。曲がり具合や長さの異なる5本の蔓を床上で仮組して全体の形を決め、蔡さんがチェックしたら蔓同士をボルトナットで固定します。この時ナットが喰い込まないように、数日前に購入したトタン板を適当に切って、ワッシャーの代わりに当てました。こうしてできた全長10メートル近い、重くて太い竜のようにのたうつ蔓を、Tさんと施工のS社の人たち3、4人がかりで自走式のテーブルリフトを使って持ち上げ、要所にワイヤーを巻いて仮固定しました。蔡さんがチェックしたところでしっかりと固定し、写真をとり、プリンターですぐに大判の紙に出力します。蔡さんが現物を見ながら花の位置を写真に直接マーカーで記入します。

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    (藤蔓の図)               (取付け1%の図)

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    (取付け10%の図)           (取付け25%の図)

    いよいよ花や葉の取付けです。横浜美術大学のM先生と学生さんたちに、蔡さんの指示図を見ながら床に近いところから手の届く範囲で取り付けてもらいます。番線の径は太いので、けがをしないように軍手で蔓にぐるぐると巻きつけていきます。高所作業が必要な高さはTさんと専門業者さんにつけてもらいました。全体の6割くらいが付いたところで蔡さんがチェック。葉と花の密集具合や方向性をみて、こちらをたくさん、あちらは軽く、といった指示に従って約600個を取り付け終わりました。《朝顔》ですから朝日の方向にたくさんの花が向くようになります。「朝日はこちらからです」という蔡さんの指示に従い、スポットライトやダウンライトの光量、方向を学芸員がセットして完成です。展示をご覧になるときは是非朝日の方角がどちらか見つけてみてください。横浜美術大学のみなさん、本当にお疲れ様でした。ご協力ありがとうございました。(中村尚明)

    蔡國強展スタッフコラム 第9回 《朝顔》制作プロジェクト第3回

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    第9回

    ≪朝顔≫制作プロジェクト第3回 爆破前夜

    テラコッタと番線の組み立ても終わってあとは明日を待つばかり、やれやれと一息つく間もなく、蔡スタジオのテクニカル・ダイレクターTさんより、まだ爆破のやりかたが決まらないんですよ、と相談がありました。何か七輪のような、ドラム缶を輪切りにしたような窯を作って、その中にテラコッタを入れて蓋をして爆破するのはどうか、という案が出ました。ドラム缶なんてないし、トタン板を丸めて筒にしてみますか、ということで、ホームセンターにトタン板を一緒に見に行きました。「帯に短し、たすきに長し」で、どうもうまくいきそうにありません。とりあえず蓋にはなるでしょうということでトタン板1枚を買い求めましたが、結局これは別の用途に役立つことになります。Tさんはもうちょっと考えますとのこと。
    次に出てきたのは、床にレンガで囲いを作って、その中にテラコッタを敷き詰めて爆破するという案です。床には不燃カーボンクロスシートを敷いています。溶接の養生に使うシートですが、直に火薬を撒いて点火するのはさすがに心配です。そうだ、石膏ボードの使っていないのがありますよ、ということで、その夜は現物を確認したところで終わりました。

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    (ハンドフォークで運ぶの図)

    爆破準備
    蔡スタジオのTさんは早起きです。美術館は9時半始業ですが、筆者が出勤した時にはもうグランドギャラリーのカーボンクロスシートの上には石膏ボードが一列10m位にわたって敷かれ、火薬絵画の重石に用意した半マス赤レンガで花壇のように整然と囲いが作られている最中でした。早朝からTさんと助手のK君、それにK学芸員が加わって作業した模様。横浜美術大学の学生さんが集まったところで、完成した茎付きの葉や花をプラパレットに整然と載せて、ハンドフォークでしずしずとグランドギャラリーに運びます。接着剤もしっかりついて頑丈そうです。次に爆破花壇に沿うようにテーブルを並べます。実はここからまたひと手間かかります。接着剤は熱に弱いのです。せっかくかたまっても、爆破の火薬の熱をまともに受けたら樹脂の接着剤は燃えてしまう恐れがあります。そこで前の晩に考えた対策は、生の粘土で茎と葉や花の付け根部分を覆ってしまうことです。粘土は水分を含むし密度が高いので断熱効果があるはずです。指先でひとつまみとって、これを円錐形に茎の付け根を覆うようにテラコッタにつけて、煉瓦花壇の中に丁寧に置いていきました。Tさんと蔡スタジオのスタッフが火の回りを考えながら丁寧に葉や花を花壇の中にしきつめます。蔡さんが火薬を撒いて、導火線をセット。

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    (次は何をするの図)

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    (茎の付け根に粘土を巻くの図)      (蔡さん火薬を撒くの図)

    その上に今度はグラシン紙という白いすべすべした薄紙をかぶせます。煙がうまく回ってテラコッタへの色づきをよくするためです。かぶせただけでは爆風で飛んでしまいますので、Tさんは煉瓦を二層にして、一層目と二層目の間にグラシン紙の端をはさんで固定していました。これはうまい考えです。ところが330個用意した半マス煉瓦、あと20個足らずのところで在庫切れです。のこりはこぶし大の園芸用ゴロタ石を煉瓦の代わりに載せて準備完了です。
    (中村尚明)

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    (グラシン紙を固定するの図)

    蔡國強展スタッフコラム 第8回 《朝顔》制作プロジェクト第2回

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    第8回

    ≪朝顔≫制作プロジェクト第2回 梱包と美術館搬入

    横浜美術大学の学生さんたちに「てびねり」で作っていただいた≪朝顔≫の花、蕾、葉っぱ合わせて約660個。大学の窯できれいに焼き上がったテラコッタを美術館に運ぶ段取りは少し工夫が必要でした。花や葉には70cmの針金で茎をつけ、それを幹になる蔓に巻き付ける必要があります。茎を先に付けてしまうと長さ80cm前後になって、重心も偏るので梱包が難しくなります。せっかく焼き上がったテラコッタが輸送中に割れては大変です。そこで針金をつける作業は美術館で行うことにしました。テラコッタの花や葉はひとつひとつ新聞紙でくるんでもらい、大学にあった古い段ボール箱にエアキャップを敷いて2層くらいずつ詰めてもらいました。全部で30箱ほどでしょうか。これらをチャーターした軽トラックの床一杯に丁寧に積み込み、横浜美術館に運びました。

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    (開梱と番線切の図)

    組み立て
    ≪朝顔≫の茎の針金は木材などを縛るときに用いる「番線」です。花や葉にはあらかじめ差し込み用の穴をあけてあります。この穴と番線のはまり具合が大切で、穴径にはどうしてもばらつきがあります。穴が狭いと入らないし、ゆるすぎても抜けてしまう危険があります。事前に実験することにして、70cmに切った番線の先端に、横浜美術大学助手のYさんご推薦の特殊な接着剤を塗布し、テラコッタに差し込んで一晩乾かして様子を見ました。結果は良好だったので、穴の大きさに応じて太さの異なる12番と14番の番線を近所の金物屋さんに頼んで用意しました。実は番線は一巻25mと50mの単位で売られています。重たいのでいつもの自転車ではなくトラックで納品に来てくれました。これを学生さんに正確に70cmに切ってもらう必要があります。

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    (花に茎をつけるの図)

    6月20日、横浜美術大学のボランティアの方々24名が横浜美術館に集まり、作業開始です。まずはアートギャラリー1という、ポルティコに沿ったうなぎの寝床のような部屋の半分いっぱいにプラベニヤ板を敷きつめました。頼もしそうな数人に番線切班になってもらい、ひたすら70cmの線を合計660本、工具で切ってもらいます。その横では満開の花、半開の花、つぼみ、葉のグループごとにテラコッタを箱から出してもらいます。次に二人一組で接着剤を竹串の先につけてテラコッタの取付け穴の中と番線の先端に塗って、花や葉に茎を取り付ける組み立て作業をします。出来上がったものをそっとプラベニヤの上に並べて乾燥させました。この作業がきちんとできないと、展示した時に床上数メートルの高さからテラコッタの塊が降ってくることになります。みなさん熱心に作業してくれたおかげで、朝10時から始めた作業は午後2時過ぎに完了しました。あとは一晩おいて、乾燥を待つばかりです。
    (中村尚明)

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    (接着乾燥中の図)

    蔡國強展スタッフコラム 第7回 《朝顔》制作プロジェクト第1回

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    第7回

    《朝顔》制作プロジェクト第1回 横浜美術大学での制作

    蔡國強展のエスカレーターを上がって2つ目の展示室には、《春夏秋冬》という白磁レリーフの作品で囲まれた中に《朝顔》という作品が展示されています。9mの天井から吊り下がった自然の藤蔓に赤い素焼きのテラコッタでできた数百の朝顔の花と葉とつぼみが絡まっています。
    蔡さんは地域の人々と協働で作品を作ることが多いのですが、この作品でも日本の人たちと共に作ることになり、実はテラコッタ部分は蔡さんではなく、横浜美術大学の学生さんたちに作ってもらいました。蔡さんは昨年アルゼンチンでも同じコンセプトの《藤蔓》という作品を発表していますが、その時も現地の学生に手伝ってもらっています。しかし、アルゼンチンの時と同じ作品というわけではなく、日本の粘土で、日本の針金で、日本の朝顔をモデルにして作っています。また蔓の部分もアルゼンチンでは鉄だったものが本物を使うことになりました。

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    (サンプルとその日の目標個数を見ながら作ります)

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    (手で朝顔に表情を付けていきます)

    横浜美術大学とは、まず陶芸の研究室の教授や助手の方々と、蔡さんからもらったアルゼンチンの時のサンプルなどを元に材料を選定するところからはじまりま した。蔡さんに国際郵便で材料を確認してもらいつつ、朝顔の制作に参加してくれる学生を学内で募ってもらいました。元々は授業の一環だったのですが、授業 を履修していない学生や、蔡さんのファンだという他の学科の先生方もボランティアで参加してくださいました。そうして週1回、全5回にわたって数660個 の朝顔のパーツを制作するワークショップがはじまりました。

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    (完成した朝顔の花やつぼみ、葉)

    制作にあたっては事前に先生方が葉や花の型紙を用意してくれたので、まずは平らに伸ばした粘土を型紙で大まかな形に切り取ります。その後、画一的にならな いようにという蔡さんからの指示もあり、細かい花びらの表現などを手で伸ばしながらつけていきます。風になびいているような花もあれば、ややいびつな葉も あり、同じ型紙を使っていてもひとつとして同じものはありません。成形後にあとで針金を取り付けるための穴を開けてから板に乗せて乾燥させます。翌週、乾 燥したものを順に窯に運び入れつつ、また新たな朝顔を作りました。朝顔の葉の部分などは薄く、途中で割れてしまうこともあったため、予備も含めかなり多め に作りましたが、毎回30名以上が参加してくださったおかげで、1回の制作で200個近くを作り終えてしまうこともありました。

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    (窯入れ)                     (焼き上がると色がこのように)

    焼き上がったものを窯から出すと赤くなったテラコッタの朝顔が出来上がりです。あとは針金を入れる穴が塞がっていないかチェックし、塞がってしまったものはドリルで穴を開けたり、泣く泣く破棄したり・・・。大勢の人が参加してくれたおかげで果てしないようでいて順調に作業が進み、無事に660を超える朝顔のパーツが完成したのです。
    (田中彩)

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    (自分がその日作った数をなんと手作りの蔡さんシールでカウント!出来上がった蔡さんポスターは爆破制作の最終日に蔡さんにプレゼントされました。)

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    (おまけ:本展企画者のこの方も実は制作に参加していました)

    蔡國強展スタッフコラム 第6回 火薬絵画制作秘話その3

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    第6回

    火薬絵画制作秘話その3
    グラシン紙の靴

    巨大な火薬絵画の制作中は足元にも色々と注意が必要でした。一枚4メートルもの幅がある和紙を繋げてその上に作品を描くため、様々な作業が作品となる紙の上で行われます。蔡さんだけでなくのべ200人近くいたボランティアやスタッフも紙の上を行き来しました。

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    (大型和紙作品の型紙を切るボランティアのみなさん。靴下での作業。)

    そのため、蔡さんからは事前に「シューズカバーがあるとよい」という情報はいただいていたのですが、実際にはシューズカバーがあればよいだけではありませんでした。
    例えば蔡さんが下絵を描き、型紙を切る作業をしている間は靴を脱いで靴下で作業となります(裸足は画面に皮脂が付くので厳禁です)。しかし火薬を撒く段階になると、火薬が靴下に付いてしまうため靴下の上から使い捨てのシューズカバーを履くのです。さらに、火薬の載っていない白い紙の部分だけを歩いて作業しなければならず、かなり繊細な動きが必要とされました。

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    (火薬を撒く蔡さん。蔡さんは新潟で見つけたという自前のシューズカバーを持っていました!)

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    (型紙を移動するボランティアのみなさん。シューズカバーをつけて、火薬を踏まないように細心の注意を払っています)

    そして、爆破の段階になると、火が出た場合はプラスチックのシューズカバーも溶けてしまうため、スタッフ・ボランティア一同は運動靴で待機。爆破直後は作品もダンボールで覆われているため、靴のまま作品の周辺部分の火消しに向かいました。ただし、蔡さんのスタッフの方々は作品上まで火を消しに行かなければなりません。そこで彼らは長年の経験から編み出された「グラシン紙の靴」を自作して履いていました。これは作品制作で出たグラシン紙の切れ端を靴下の上から巻きつけてブーツのようにしたものです。ただの紙とは違うので、火薬絵画への影響も最小限になるのでは・・・ということで考案したそうです。
    火が完全に消えた後はスタッフ・ボランティアも再びシューズカバーを着用。火薬の痕跡に触れてしまうと簡単に消えてしまうので、火薬部分には触れないように細心の注意を払いながら型紙などをはがしていきました。
    大型の作品ならではの「作品の上に乗る」という行為でしたが、それゆえに足元にも様々な努力がありました。制作風景を撮影した動画でも、その様子が見られますので、ぜひご覧ください。
    (田中彩)

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    (紙の上で作業するTさんと、左手前に立っているKさんの2名が履いているのがグラシン紙の靴)

    蔡國強展スタッフコラム 第5回 爆破制作秘話その2

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    第5回

    爆破制作秘話その2
    紙の調達

    火薬絵画《夜桜》の支持体となる和紙は3×4メートルの巨大な厚手の和紙です。これを16枚つなげて大きな画面が作られています。難しそうな買い物に思われましたが、蔡さんがいつも頼んでいるという高知県の手すき和紙の工房から入手することができ、ほっと一息。しかし、リストには他の種類の紙も書かれています。
    クラフト紙(1800mm×30000mm)、ボール紙(800mm×1100mm  800枚)、板ダンボール(1200mm×900mm)、グラシン紙(1600mm×100000mm )10本。
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    (グラシン紙とは、こんな紙です。)

    最初の三つはよく見る紙ですが、グラシン紙はあまり一般的ではないようです。マフィンなどの焼き菓子や傷んだ古書のカバーに使う半透明の紙といえば思い出 していただけるでしょうか。蔡スタジオからの指示は、「コーティングしていない、中性のもの」そして、厚さや硬さについても細かい条件があります。ニュー ヨークの画材店に注文するようにという指示ですが、160センチ×100メートルのロール10本をNYから空輸すると、輸送費だけでも大変そうです。まずは日本国内で探すことにしました。が、調べてみると、小売されているグラシン紙は、30〜50センチ角にカットされているものばかりです。思い切って製造 元のN社に問い合わせてみると、蔡さんのオーダーにぴったりのグラシン紙を製造していることがわかりました。しかし、グラシン紙は、需要が少ないので常に 製造しているわけではなく、また、工場で製造する紙は幅数メートル、長さ数百メートルにもなる巨大なロールで出来上がるので、幅160センチ、長さ100 メートルのロールを10本だけを作ることは不可能という話です。
    がっかりして、NYの画材店に発注しようと話し合っていたまさにその時、N社から再び電話がかかってきました。たった今グラシン紙の受注があったので、製造にはいることになった。ついでに100メートル巻き10本も特別に作りましょうという親切な申し出です。N社のみなさんも、自社製品がアートに使われることに関心を持ち、この機会に特別に小さなロールを作ってくださることになったのです。このような幸運に恵まれ、100メートル巻きのグラシン紙10本は、爆破制作の数日前に無事納品されたのでした。

    蔡さんの火薬 絵画の制作にとってグラシン紙がいかに重要かは、爆破制作の現場を見て納得がいきました。蔡さんは、多くの場合、火薬を撒いた画面の上にグラシン紙をかぶ せて爆破します。熱に強く、薄く、しなやかなグラシン紙の特性を利用して、煙をその中に封じ込め、煙が流れる痕跡を画面に定着させるのです。《夜桜》でも、火薬が激しく炸裂したときに紙についた焦げ跡だけでなく、その周囲に朦朧体のような"ぼかし"がかかっているのを見ることができます。まるで、湿らせた紙に薄く墨を流したようです。蔡さんは、グラシン紙の被せ方、その上に板段ボールや重石の乗せる位置を工夫することで煙の流れを操作し、潤いのある画面を作っているのです。できあがった作品をながめて、改めてグラシン紙の重要さに気づき、調達にご協力くださったN社のみなさんのご協力がありがたく感じられました。(沼田英子)

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    爆破後のグラシン紙。少し焦げています。(撮影:上山陽介)

    蔡國強展スタッフコラム 第4回 火薬絵画制作秘話その1 

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    第4回

    火薬絵画制作秘話その1 
    グランドギャラリーでの爆破制作

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    蔡國強の代表的な作品といえば、何と言っても火薬を爆発させてその痕跡を画面に留める「火薬絵画」でしょう。今回の「帰去来」展で、蔡さんは5点の火薬絵画を制作しました。1点は美術館のグランドギャラリー(エントランス・ホール)に掲げられた縦8メートル、横24メートルの巨大な和紙の作品《夜桜》。そして、あとの4点は大画面のキャンバスの連作《人生四季》。いずれも観る者を圧倒するような迫力のある作品で、その爆破制作が美術館のグランドギャラリーで行われたと聞くと、誰もが驚くのです。

    会場を下見に来た蔡さんから、「ここ(グランドギャラリー)がいいね。ここで爆発しましょう!」という言葉を聞いた時、「そ、そうですね。」と答えつつ、まさか、それが現実のことになるとは思いもよりませんでした。美術館の中で火薬を爆発させるなんて!!
    使われていない倉庫や学校の体育館などにあたってみましたが、なかなか爆破制作ができる適当な場所は見つかりません。いよいよ、美術館内での制作について本格的に検討することになりました。ところが、消防署や神奈川県関係部署のご理解とご指導、ご協力によって美術館で火薬爆発の許可が下り、煙や万が一の事態から作品や人、建物を守る見通しも立って、なんと!不可能と思われた美術館内での爆破制作が実現することになったのでした。消防署や県に何度も足を運んで交渉にあたったベテラン学芸員N氏の活躍や施設管理のS氏を始め美術館全スタッフ一丸となった準備体制、そして、何よりも爆破のための火薬を調達し、制作現場に何日も立ち会ってくださった横浜地元の花火店のYさんのご協力なしには、実現できなかったことを申し添えておきましょう。
    爆破制作のめどが立つと、ニューヨークの蔡スタジオから、制作に必要な材料や道具のリストが送られてきました。それぞれの材料の調達にも、語り尽くせないエピソードがあります。そのエピソードは、後日お話ししましょう。(沼田英子)

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    会場下見をする蔡さん。ここで爆破制作をしようと思いを巡らせているのでしょうか。

    蔡國強展スタッフコラム 第3回 「帰去来」のための事前リサーチ・レポート

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    第3回

    「帰去来」のための事前リサーチ・レポート

    出品作品の半数以上が新作によるこの展覧会、文字通りに世界を股にかけて飛び回りながら仕事している蔡國強さんとの準備過程で、まず始まったのは、横浜のための新作に向けたリサーチ活動でした。
    蔡さんの活動には、過去、漢方薬や茶を使って観客と一体の空間を作り上げるパフォーマンス的な作品もありました。そこから蔡さんの興味を引いたのは、1906年にニューヨークで英語により出版された『茶の本』を著した岡倉天心の存在でした。

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    三渓園内の臨春閣で障壁画を鑑賞する蔡さん

    近代日本を代表する思想家として知られる岡倉天心は、明治初期の横浜に生まれ、若い頃には中国各地をまわって古美術の調査旅行をするなど精力的に学び、近代日本の美術教育や古美術の調査研究にまい進しました。やがてはボストン美術館の中国・日本美術部長に就任し、米国から東洋の美術や文化について発信を続けた人物でもあります。福建省泉州市の出身で、若い頃には日本で学び、やがてニューヨークを拠点に世界へと羽ばたいていった蔡さんと、近代日本を代表する思想家として活躍した岡倉天心、どこか共通するものが感じられないでしょうか?
    先輩岡倉天心の足跡をたどるため、まず最初に蔡さんが訪れたのは、 横浜の三渓園でした。生糸貿易で財を成した実業家の原三渓によって作られた三渓園(さんけいえん)には、美しい日本庭園の中に、京都や鎌倉などから移設された歴史的な建築が多数残されています。三渓は岡倉天心との交流も深く、横山大観、下村観山といった日本美術院の新進の画家たちを積極的に支援したことでも知られます。手入れの行き届いた庭園や、歴史ある茶室などをめぐりながら、蔡さんは当時の横浜に思いを馳せ、次々と写真に収めていました。中でもとりわけ蔡さんが興味深く語っていたのは、臨春閣に狩野常信が描いた《瀟湘八景(しょうしょうはっけい)》など理想化された風景と、建物を取り囲む現実の自然との対比でした。この日は、かつて岡倉天心の生家があった横浜市開港記念会館前の生誕の地などを訪れました。

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    新緑に満ちた三渓園
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    お昼は三渓園が開園した時の特別メニューとして考案された中華風の三渓うどん


    続いて、リサーチ旅行は岡倉天心が日本美術院を創設した茨城県の五浦へと続きました。茨城県天心記念五浦美術館、六角堂のある茨城大学五浦美術文化研究所、旧横山大観邸などをめぐっていきます。この旅には、かつて蔡さんが暮らした福島県いわき市から、当時の仲間であった方も合流されて、昔話に花を咲かせながらの道中となりました。

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    五浦の海を望む

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    左:岡倉天心の墓を訪れた蔡さん
    右:旧天心邸の軒先で

    さて、ここでのリサーチがどのような形で結実したかというと、展覧会の冒頭、グランドギャラリーの壁面を覆う《夜桜》となりました。岡倉天心が追い求めた理想は、彼の教え子である横山大観らの手によって、新しい日本画として形を得ていきました。《夜桜》には、明治から昭和にかけて、日本の美術を切り開いていった天心や大観らに対する、蔡さんのオマージュと挑戦とが表れていると言えるでしょう。 (文・写真 木村絵理子)

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    左:六角堂へ向かう
    右:2011年3月11日の津波で流され、原形により近い形で再建された六角堂の中で瞑想する蔡さん

    蔡國強展スタッフコラム 第2回

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    第2回

    蔡さんを捕まえる!

    世界を駆け回り、1年で何十件というプロジェクトや展覧会を実現している蔡さんに時間をとってもらい打ち合わせるのは至難の業です。ここ一番というときはやはり携帯コール。ニューヨークとの時差を考えると、私の自宅から深夜にかけるしかありません。海外からニューヨークの空港に到着した蔡さんが自宅へ向かうタクシーに乗る時間帯を聞き出し、優秀なアシスタントから"just now! "と言われて即座に蔡さんの携帯を鳴らしたこともありました。
    その多忙な蔡さんは、今回の個展のために約1か月弱、横浜に滞在。横浜美術館のグランドギャラリーで火薬爆発を8日間、8回実施し新作に挑戦しました。爆発はわずか2-3秒。でもそのための準備は多くの人々の協力のもと、時間をかけて周到に行われたのです。詳細は学芸員が熱く語ります。

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    羽田、北京、横浜を結んで打ち合わせ中の蔡さん  撮影:逢坂恵理子

    SEKAI NO OWARIと99匹の狼≪壁撞き≫

    SEKAI NO OWARIの.fight musicを聞いたとき、99匹の狼の≪壁撞き≫が脳裏に浮かびました。「99戦99敗もうなみだもでない、欲しいのは逃げる理由ではなく、戦う勇気」と 歌いあげる歌詞は、一匹一匹の狼と重なります。蔡國強の≪壁撞き≫のインスタレーションをSEKAI NO OWARIのメンバーに見せたいなぁ。見えない透明の壁に向かってぶつかり、また立ちあがってゆく99匹の狼の姿に必ず反応してくれると思うけれど。
    普段は美術より音楽のファンという皆さんもぜひ、横浜美術館に足を運んでください。蔡國強展で展示中の狼の姿は(も)必見です。10月18日まで。木曜日休館。お見逃しなく!
    (逢坂恵理子)

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    横浜美術館での展示風景《壁撞き》撮影:逢坂恵理子