石田尚志展アーカイブ

    石田尚志展 スタッフコラムvol.12 「おわりの、はじまり」

    「石田尚志 渦まく光」展担当学芸員の松永です。

    5月31日をもって展覧会は無事閉幕しました。正直、開幕当初には集客面を懸念するむきもありましたが、口コミ効果もあってか会期を経るにつれお客さまも増え、最終週末は2日間で2300人と、賑わい感あふれる中でフィナーレを迎えることができました。ご来場くださった方々、ありがとうございました。展覧会はお楽しみいただけましたでしょうか。

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    第4章「部屋と窓」展示風景(撮影:山本渉)

    と言ってみたもののこの展覧会、単純に「楽しい」ものではなかったかもしれません。実際、ご覧になった方々のブログやツイートに、「楽しかった」「面白かった」といった常套的な褒め文句が非常に少なかったのです。目についたのは、「圧倒された」「引き込まれた」「時間を忘れて見入った」・・・といった類の、「石田ワールド」への没入を示唆する言葉たち。この傾向は、問答無用、理屈抜きで観るものを自身の世界観に引きずり込む、石田尚志の表現の尋常ならざる強度を反映しているのではないでしょうか。一方、ときおり聞かれたネガティヴな感想もしかりで、(「よくわからなかった」ではなく)「まったく受け付けなかった」、(「つまらなかった」ではなく)「気分が悪くなった」といった、明快な拒否反応がほとんど。それらもまた石田作品の訴求力の強さゆえの、至極真っ当なリアクションと思えるのです。好きならめっぽう没入してしまう、受け入れられなければかなりダメ、そういう感覚的な判断を即座に誘発するのが石田さんの創作の強靭さでしょう。今回の個展が、そのパワーを殺すことなくありのままの「石田ワールド」を体現していたとすれば、企画者としてこのうえない喜びです。

    学芸員にとって、担当した展覧会の閉幕には常に切なさがつきまといます。打ち上げの席で、「とうとう終わってしまいましたね」とわずかに感傷を込めて石田さんに言葉を投げると、しかし案の定、有り体の答えは返ってきませんでした。「これはひとつの区切りだけれど、僕にとってなにかの"終わり"だという感覚はまったくありません」。確かにごもっとも。美術館の人間にとっては、終わりあるひとつの「事業」として展覧会を捉えてしまいがちですが、作家にとってはこれからも長く、長く続くであろう「航海」の途上にすぎず、なにかが終わる場所ではない。「要は、このタイミングでいったん横浜に"寄港"させてもらって、やっぱり陸の上は楽しいな、と。そう思いながらまたここから船をこぎ始める。むしろ"はじまり"の気分です。」

    反復、未完、永続性を旨とする創作を展開してきた石田さんならではの「人生」スパンの視野と、その美しい比喩表現に、またもグッときてしまいました。この横浜の地に「寄港」してくれた石田さんに感謝し、停泊中に共有した創造的で刺激に満ちた時間を心に留めつつ、これからもその「航跡」をしかと見届けていきたいと思います。石田さんのことですから、例によって海図も羅針盤も持たずに、根拠のない確信を頼りに突き進む航海でしょうけれど――。

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    《海の壁-生成する庭》(撮影:白井晴幸)

    でも次の停泊地だけは決まっています。石田さんの「第二の故郷」ともいえる沖縄です。きたる9月18日、沖縄県立博物館・美術館という場で復活する「渦まく光」展は、横浜でのそれとはまた異なる表情を見せていることでしょう。

    さて、石田尚志にとって終わることのない航海であっても、当館の展覧会事業としてはここでいったん区切りをつけなければなりません。この特設サイトのスタッフブログも、いよいよ閉じるときが来ました。4か月にわたり不定期でアップしてきたこのブログ、第1回は、2006年に石田さんが当館で滞在制作した際のアシスタントである祢津悠紀さんの当時の回想録の紹介からスタートしました。その後は祢津さん自身が展示の現場や会期中の種々のイベントを取材し、持ち前の独創的かつ若干読みにくい文体を封印した簡明なレポートを寄稿し続けてくださいました。毎回非常に高いアクセス数を記録したこのブログ、展覧会を後方から盛り上げる大きなフックになったと感じています。祢津さん、ありがとうございました!

    というわけで、このブログの締めもやはり、祢津さんから届いた最後の「潜入レポート」で。

    (松永)

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    「渦まく光」展潜入レポートno.8

    「渦まく光」展手伝いの祢津です。

    5月30日、「イメージフォーラム・フェスティバル2015 横浜特別講座」が公開されました。日本最大の映像アートの祭典である「イメージフォーラム・フェスティバル(以下、IFF)」は、1987年のスタートから、作家性、芸術性、創造性の高い映像作品を世界中から集め、紹介しつづけています。この映画祭でデビューし、あるいは再評価された作家は数えきれません。

    全国5都市を巡回しているIFFは、横浜会場であるここ横浜美術館と特別な取り組みをつづけています。現役の映画作家や研究者をナビゲーターに迎え、横浜美術館が所蔵する豊富な映像作品のコレクションを中心に構成したプログラムを、ナビゲーターの解説付きで公開する横浜特別講座。毎年異なるナビゲーターの視 点でセレクトされた映像作品のラインアップを通して、刺激的な映画論に触れることができるイベントであり、横浜美術館の持つ歴史的な作品群が所蔵外の作品と並べて上映されることで、その価値をあたらしく語り直される場ともなっています。今年のナビゲーターには、石田さんが選ばれました。

    石田尚志という作家を語る上でも、IFFは欠かせない存在です。石田さんは20代のはじめに「イメージフォーラム映像研究所」に通い、最初期の映像作品《絵巻》と 《絵巻その2》を完成させ、卒業後に発表した《部屋/形態》が「イメージフォーラム・フェスティバル1999」特選を受賞して以来、継続して出品。今年のフェスティバルでは「渦まく光」展と連動した特集上映「石田尚志映画作品集 驚異の部屋」が組まれ、シングルチャンネルの映画作品によって石田尚志の作家歴が回顧されています。

    この日、横浜美術館レクチャーホールで石田さんは2つの講座「光によって延長してしまった遠近法」と「光の光、闇の闇」を開きました。

    「自分は研究者ではないので、上映作品のテーマや技術について筋道を立てて解説することはできません。それよりも、僕がこれらの作品をどう観たか、どのような影響を受けたかについてお話ししたいと思います」と、石田さんは言います。「僕が今のような作品をつくるようになったのは、これから上映する映画に出会ったからなのです。とにかくもう一度、観たかった」と。そこで語られた、まったく対照的な2つの映画講義をレポートします。

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    「光によって延長してしまった遠近法」
    上映作品:
    サンセット  中島崇/8ミリ/9分/1972
    DRILL  伊藤高志/16ミリ/5分/1983
    不和の虹  末岡一郎/8ミリ/8分/1998
    映像<かげ>  相原信洋/16ミリ/6分/1987
    ヘリオグラフィー  山崎博/16ミリ/5分/1979
    変形作品第5番<レンブラントの主題による変形解体と再構成>  黒坂圭太/8ミリ/29分/1986

    このプログラムで石田さんは、すべて日本の作家による、1970年代から90年代までの前衛的なフィルム作品を集めました。その作品たちは、石田さんが約20年前に映像制作に踏み入る最初期に出会った「実験映画」と呼ばれる作品の数々です。その内容は、大きく揺れるカメラでとらえた風景のドキュメンタリー、写真をコマ撮りしたアニメーション、抽象的なドローイングアニメーション、太陽が昇り・沈んでゆくタイムラプス(低速度撮影)、規制の映画のフィルムの再構成(ファウンドフッテージ)などさまざま。テーマも感触もまるで違うそれらの映像作品から石田さんが衝撃を受けたのは、世界と立ち向かう無数の「距離」のありかた、そして視ることの狂おしいほどの力だったといいます。

    「世界は、見ることによって溶解する」と石田さんが言うとおり、フィルムから溢れ出てきたのは、揺れて、曲がって、ズレて、反転して、ひずんでしまった世界でした。それらの作品との出会いは、画家である石田さんに「遠近法(パースペクティヴ)」への疑問を抱かせました。〈近いものは大きく、遠いものは小さくなる〉という遠近法の精密な秩序は、目に見える世界を平面に描写するための基本中の基本の技法です。「けれど、それっておかしいんじゃないか? と思ったんです。」確かに一つの視点からじっと覗けば遠近法のとおりに見えるけれど、人間の眼差しは常に揺れて、動きつづけているはずだ。「世界を遠近法のルールで厳密に描くことと、僕たちが日常のなかで感じている奥行きは、まったく違うものだ。」だからこそ石田さんは、遠近法のルールの通用しない、映画のなかの距離と歪みによって描き出された世界のほうに説得力を感じてしまったといいます。

    そのときの興奮をトークは生々しく伝えていました。石田さんはそれを契機に、画家でありながらカメラを使うという現在のスタイルを洗練させてゆくことになります。そして、「いまでもあの衝撃に押されるように、作家活動を続けています」と、石田さん。上映されたおよそ40年から20年前のフィルムは、いまでも静かに白熱し、秩序だてられた世界をさまざまに溶かしていました。

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    「光の光、闇の闇」
    上映作品:
    対角線交響楽  ヴィキング・エッゲリング/16ミリ/6分/1923~25
    習作7番(ハンガリアン・ダンス5番)  オスカー・フィッシンガー/16ミリ/3分/1931
    線と色の即興詩  ノーマン・マクラレン/16ミリ/6分/1955
    フリーラディカルス  レン・ライ/16ミリ/5分/1958
    ラピス  ジェイムズ・ホイットニー/16ミリ/10分/1966
    スペース・モデュレーション  バート・フェヒター/16ミリ/1分/1994
    光の絵巻  石田尚志+牧野貴/デジタル/17分/2011

    このプログラムで特集されるのは、石田作品にとって直系の先祖にあたる「動く絵」たち。世界中のアブストラクト・アニメーションの傑作の数々です。そしてこの講座には、もうひとりのナビゲーターがいました。映像作家の牧野貴さんです。洪水のような音と光でつくられた抽象映画によって、世界中の映画館、美術館、ライブハウスを渡り歩き、国際的な映画賞を数多く獲得している彼がここに招かれたのは、ただアブストラクト・シネマの最前線を闘っている作家だからだけではありません。牧野さんは石田さんと映像作品を共作しています。《光の絵巻》というその作品へ向かって、プログラムははじまりました。

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    まだ映像と音を同期させる技術(トーキー)すらなかった時代につくられた抽象映画の開祖とされる《対角線交響楽》からはじまり、石田さんが「最も好きな作家」というフィッシンガーを経て、現代を目指します。上映の合間に挟まれる石田さんと牧野さんの対話は、光と色と形でつくられた抽象映画への偏愛にあふれ、それは「閃光の映画史観」とでも呼び得るものでした。そしてたどりついた《光の絵巻》は、石田さんの「描くこと」と、牧野さんの「視ること」の欲望が絡まり合い、ぶつかりあった作品でした。この映画は、石田さんが16mmと35mmの映画用フィルムに直に描いたドローイングを、牧野さんが特殊な機器で撮影・編集し、動く絵に構成してつくりだされました。絵画と映像を自由に行き来しながら制作してきた石田さんへ「映画用フィルムの上に直接描く」という方法を提案したのは、牧野さんのほうだったといいます。「小さい飛行機に乗って、フィルムの上を飛び回るような視点」と牧野さんがいうとおり、指先でつまめるほどのフィルムの上に線は踊り、色は広がり、数センチ幅の極小の巻物絵画めがけて視線は低空飛行し、突入し、旋回するのでした。筆跡は雨となって降り注ぎ、風のように吹き荒れ、スクリーンを満たす光になりました。

    その上映が終わったとき、会場からは拍手が巻き起こっていました。それは石田さん、牧野さんの《光の絵巻》に対してだけではなく、抽象映画の歴史そのものへの賛辞であったように思えるのです。

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    この日の上映で、「渦まく光」会期中を彩ったイベントのすべてがおわりました。

    石田さんは上映中、「もう一度観ることができて幸せです」と言い続けました。「すごかったですねえ」、「あまりの感動で何も言えないのですが......」、「好きで好きで好きで」。それこそ作品が終わるたびごとに。まるでこの世界に作家が生き、作品が在り、芸術が許されていることに感謝するかのようなその姿に、じつは会期中に何度もであっていました。このほかの上映でも、トークでも、横浜美術館前広場で行われたパフォーマンスでも、ワークショップでも、そしてこの展覧会の展示準備でも、作品の制作現場でも。もしかしたらすべての場面でいちばん喜んでいたのは石田さん本人だったのではないでしょうか。そして、だからこそ渦のように周囲を巻き込んでいったのかも知れません。仲間も、ほかの作家も、観客のひとびとも。

    「自分のようなスタイルの作家にとって、制作はいつも孤独な作業でした。けれど横浜美術館で公開制作ができた頃から、思えば自分は『創らされてきた』のだと気づきました。たくさんの仲間が、よってたかって自分を支えてくれた、その集大成がこの展覧会です。」3月27日。石田さんは展覧会のオープニングでそう語っていました。

    翌日、「渦まく光」展は閉幕しました。夕刻、閉館時間をすぎても、展示室のスクリーンの前でじっと映像を見ていた世代も様々な観客のひとびとの熱心さが忘れられません。この熱さは、きっとつぎの会場へと伝わってゆくことでしょう。巡回する沖縄会場で、石田さんの渦はどんな光を放つでしょうか? 沖縄県立博物館・美術館での「渦まく光」展は、9月18日(金) から10月25日(日)までの開催です。

    夜が明けると、夏が始まっていました。

    (祢津)

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    (追伸)

    ふたたび松永です。往生際が悪くてすみません。

    祢津さんがレポートで触れている8年前の石田さんの当館滞在制作の際にも、当館スタッフによる制作レポートが頻繁にブログにアップされました。今でも読めますので、ぜひ覗いてみてください。下のアドレスは、その滞在制作のファイナルイベントであった石田さんと祢津さんによるトーク(2007年3月10日)の様子をレポートしたものです(そこから読み始めて、前年11月3日の滞在制作スタートまでブログを遡っていくのも一興!)。

    さきの祢津さんのレポートのなかで、石田さんの作品制作における意識がこの滞在制作を機に「孤独な作業」から「創らされてきた」に変わっていった、というくだりがありましたが、あらためて当時のブログを読み返してみると、そのような変化を促したのは他でもなく祢津さん自身であったことがよく分かります!

    http://yokohama.art.museum/blog/2007/03/post-400.html

    おわり。(あるいは、はじまり。)

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    第1章「絵巻」展示風景(撮影:白井晴幸)

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    第2章「音楽」展示風景(撮影:白井晴幸)

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    第3章「身体」展示風景(撮影:白井晴幸)

    石田尚志展 スタッフコラムvol.11 展覧会カタログ紹介

    「石田尚志 渦まく光」展も最終日となりました。展覧会にご来場くださった皆様には、この場をお借りして心から御礼申し上げます。

    さて、今回のコラムでは、展覧会に足を運ぶことが出来なかった方へのお知らせも兼ねて、担当学芸員の大澤紗蓉子より、石田尚志展カタログをご紹介いたします。

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    今回、青幻舎さんより刊行している展覧会カタログは、石田さん初の大規模個展のカタログであると同時に、初の作品集にもなるよう制作しました。

    112ページに及ぶカラーページには、展覧会に出品されている石田さんの代表作と新作を含めた27点の図版と解説、それ以外にパフォーマンスの記録写真などが掲載されています。作品図版は、映像からのスティル、ドローイングアニメーションの原画となる絵巻や絵画、各地での展示風景などから、選りすぐりのものを石田さんと選びました。特に、本来「動く絵画」である石田さんの映像表現の魅力が少しでも紙面上で伝わるように工夫したほか、大作《フーガの技法》や《部屋/形態》はオリジナルの16mmフィルムの画像も載せています。

    そして、このカタログでぜひとも注目していただきたいのが、石田さんご自身が執筆されたエッセイ「東京論」です。「東京論」は、もともと石田さんが2008年に執筆し、『アフンルパル通信』という冊子で発表されたものです。このエッセイには、20代前半に石田さんが6年間従事した、害虫駆除の仕事を通して見た東京の姿、東京での体験が記されています。作品や制作については一切触れていないエッセイですが、ここには、石田尚志という一人の画家を理解するための大きな手がかりが詰め込まれているように思います。そんな思いもあって、今回のカタログでは「東京論」をカラーページに掲載しました。ちなみに、このエッセイに登場する殺虫剤散布用の噴霧器は、のちの石田作品において重要な役割を担い続けることになります(カタログをお持ちの方は「東京論」の次のページから始まる第3章「身体」の作品画像をご覧ください)。

    このほか、カタログには、石田さんの処女作ともいえる1985年の油彩画《バベルの塔》から、最新の映像作品《渦巻く光》(2015)までを図版付きでまとめたほぼ全作品目録や、石田さんの作品発表歴を網羅した年表など、関連資料もとても充実しています。これらをカラーで掲載できなかったのは残念ですが、向後も石田さんの画業をたどるうえで貴重な資料となるよう、どれも気合いを入れて作成しました。こちらもぜひご注目ください!(気合いを入れ過ぎてしまったため、作品目録や年譜の文字が若干小さめになってしまったことはご容赦ください!)

    横浜美術館での石田尚志展は5月31日で閉幕しますが、カタログは当館ミュージアムショップ(オンラインショップはこちら)にて引き続きお買い求めいただけます。美術館にお越しの際は、ぜひお手にとってご覧いただければ幸いです。

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    カタログ編集会議の様子

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    デザインを担当したWerkbundさんの事務所の壁にレイアウト全ページを貼りながらの作業でした

    なお、「石田尚志 渦まく光」展は、2015年9月18日~10月25日に、沖縄県立博物館・美術館でも開催されます。

    (大澤)

    石田尚志展 スタッフコラムvol.10 「渦まく光」展潜入レポートno.7

    「石田尚志 渦まく光」展手伝いの祢津です。

    今回は、5月5日に行われた、こどもの日ワークショップ 親子講座「動く絵をつくろう!」についてレポートします。

    10:00、「子どものアトリエ」にあつまった25組、およそ60人の親子連れの前で、石田さんは話しはじめました。

    「きょうは、いまから、みんなで映画をつくります。」

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    参加者がおもいおもいの場所に座っている長いテーブルには、透明な、ビニールのテープが延びていました。それは「16mmフィルム」。1960年代に入ってビデオが普及しはじめるまでは、劇場映画も、テレビ番組も、世の中の映像の多くがこの16mmフィルム(または35mmフィルム)に撮影されていました。石田さんの作品《フーガの技法》や《白い部屋》の一部も、16mmフィルムの映像でできています。いまではデジタルビデオに王座をゆずり、一部の映画作家たちに愛されながら細々と使われているこの古いメディアに触れたことのあるかたは、子どもはもちろん、大人たちのなかにもひとりもいませんでした。石田さんはフィルムの切れ端を参加者にかかげました。「ここに、自由に絵を描いてださい。それが、そのままキレイな映画になります。」このビニールテープがどうやって映画になるのだろう?......フィルムは「映写機」という道具に入れて使うこと、フィルムの脇に並んでいる穴は「パーフォレーション」ということ、小さなコマが「24個で一秒間」の映像になること......石田さんの話を親子でききいる参加者たちの眼が輝いてきます。

    それから、親子そろってフィルムの上に色とりどりのマジックや先のとがったピンで絵を描きました。驚いたのは、よそ見をしている子どもたちがいないこと。もっとおどろいたのは、大人がすごく、もしかすると子どもと同じくらい真剣だったことです。......細いフィルムの上のちいさな余白に、お子さんともつれあうように手をのばして絵を描いていたお父さん。いつしか絵がフィルムをはみ出して机のうえに広がっていった親子。......一時間ほどの制作時間はあっという間にすぎて、フィルムは線と色でぎっしり埋まりました。

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    そのフィルムを、石田さんのアシスタントの川本直人さんたちがどんどん繋ぎます。川本さんも映像作家で、その作品はフィルムの上に色や傷を直接つけていく技法によって制作されています。川本さんは、まさに、このワークショップの専門家というわけです。

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    繋がった長いフィルムを映写機に入れてスイッチを入れると、スクリーンに映し出されたのは、さきほど指先ほどの大きさのフィルムのコマに描いた線や塗った色。「一秒間で24回」、めまぐるしくうつりかわっていきます。動き出した絵におどろきの声をあげる子どもたち。それと同じくらい興奮している大人たち。そして、石田さん、「子どものアトリエ」スタッフ。全員が暗闇の中で、輝くスクリーンの上の「動く絵」に向けて歓声をあげつづけました。フィルムは映写機の中をかけぬけ、5分ほどで終了。

    上映のあと、石田さんは最後にとっておきのイベントを用意していました。じつは、このワークショップで行った16mmフィルムへのお絵描きは、80年以上まえ、1930年代に先鋭的な映画作家たちによる映像の実験から生み出された表現手法でした。「シネカリグラフィー」や「ダイレクト・ペインティング」と呼ばれています。石田さんは、この手法でたくさんの傑作を残した実験映画の巨匠レン・ライ(Len Lye)の作品をスクリーンにうつしました。そしてその横に子どもたちがつくったシネカリグラフィーを並べてうつし、スクリーンの前に手をかざしました。「みんなで光をつかまえてみよう!」と、石田さん。

    そのかけ声から、手を上げ、立ち上がり、映像のなかに飛び込んでいく子どもたち。そのすがたは、人間とアートの、もっとも幸福な関係をうつしだす光景に思えてなりません。子どもと大人たちの描いた線と色は光になり、80年まえの大先輩の映像の光と重なって、もう一度彼らの小さな手のひらの中に戻っていきました。

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    ......石田さんも、この「シネカリグラフィー」の技法を用いた作品《光の絵巻》(2011)を、映画作家の牧野貴さんと共作しています。そして、5月30日(土)、横浜美術館で開催されるイメージフォーラム・フェスティバル2015にて、この作品と、シネカリグラフィーのマスターピース2作品を含む特別上映プログラム「光の光、闇の闇」が開催されます。このプログラムには、石田さんと牧野貴さんが古今の抽象映画を熱く語る特別講座も含まれています。また、同じ日には、石田さんのレクチャー付き上映プログラム「光によって延長してしまった遠近法」も開催します。詳しくは特設サイトをご覧ください。

    (編者註:イメージフォーラム・フェスティバル2015横浜特別プログラム『光によって延長してしまった遠近法』は5/30 16:00‐、『光の光、闇の闇』は5/30 18:30‐、どちらも横浜美術館レクチャーホールにて。有料。)

    (袮津)

    活動報告:石田尚志展関連ワークショップ「映像の光」

    市民のアトリエでは、5月2日に石田尚志「渦まく光」展関連ワークショップ「映像の光」を開催しました。なんと石田尚志さん指導のもと映像制作を体験できるスペシャルな企画です。

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    石田さんは、「ドローイング・アニメーション」という手法を用いて作品を制作しています。抽象的な線を少し描いては1コマずつ撮影することを繰り返して膨大な数の静止画を撮りため、それを編集して「動く絵」を創りだしています。ですが、この手法は、多くの時間、そしてさまざまなプロセスや機材が必要となるため、このワークショップでは、もう少し手軽に「動く絵」をつくることができる「キネカリ」に挑戦しました。キネカリは、カメラを使ってフィルムにイメージを定着させるのではなく、フィルムに直接、色を塗ったり、線を描いたりして、即興的に映像制作を楽しむことがでる手法です。

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    ▲左の写真はキネカリに使用する映画用16ミリフィルムです。透明な「素抜けフィルム」、撮影・現像した「画付きフィルム」、何も撮影せずに現像した「黒味フィルム」の3種類。右はフィルムに描くための道具。インクやペン、ニードル(針)、スクレーパー(刃)などを用意しました。 

    ワークショップ冒頭から、いきなり制作がスタートしました。
    石田さんは、難しい説明は抜きに、いくつかのヒントだけを参加者の皆さんに伝えます。


    ・フィルムの横にあいている穴は「パーフォレーション」と言う。
    ・パーフォレーションの間が1コマ。1秒の映像をつくるには24コマ(約18センチ)必要。
    ・パーフォレーションはフィルムが映写機を通るために必要な穴なので壊さないこと。

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    ここでの制作に使うのは、一人1メートルの「素抜けフィルム」と「カラーペン」。
    皆さん、16ミリフィルムに初めて触れるということで、おそるおそる自分のイニシャルから描きはじめます。これで本当に映像になるのかな...

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    20分ほどで描画タイムは終了。

    今回のワークショップで大活躍してくださったアシスタント、多摩美術大学映像演劇学科 副手の
    川本さんと平さん、そして学生の松川さんの3人がスプライサーという道具で皆さんのフィルムを手早く繋いで、映写機にセッティングしてくれました。

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    部屋を暗くして、いざ上映スタート!
    映写機がガラガラと動きはじめると、色鮮やかな線や形がリズミカルに映し出され、皆さんから「わぁ」と声があがりました。一人の映像は5~6秒、全員あわせても1分ちょっとの一瞬の映像でしたが、それでも描いたイメージが動きだす喜びを充分に感じとることができました。

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    そして、ここから石田さんによる映像・映画史講義が始まりました。
    当館が所蔵する16ミリフィルムのコレクションの中から、リュミエール兄弟による世界ではじめての映画や、キネカリで制作されたノーマン・マクラレンによる《線と色の即興詩》(1955)など、いくつかの作品を鑑賞しながら、映像の原理や歴史、また作家達のさまざまな試みについて学びました。

    理解が深まったところで、2回目フィルムづくりの時間へ。
    次は、画付きや黒味のフィルムも使用し、描画する道具も自分のつくりたいイメージに合わせて各自が選択します。

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    ▲(左)線香で表面を焼いたり、穴を開けたり。(中)工芸用のルーターも使えます。
    (右)スクレーパーで黒味フィルムを引っ掻くと膜が剥がれていきます。
    キネカリはアイデアしだいで、身のまわりの様々な物を用いることができるようです。

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    皆さん、フィルムの扱いにもすっかり慣れてきた様子。そして石田さんも制作に加わることで、アトリエ内はほどよい緊張感に包まれ、集中力アップ。制作は1時間近く続き...                                                                                                   
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    できあがりました。フィルムそのものだけでも美しいです。
    最初につくったフィルムも繋げて、このワークショップで一本の映画が完成しました!

    上映は閉館後の美術館グランドギャラリーで行いました。
    開館中、石田さんの作品《海の壁-生成する庭》が上映されているスクリーンを借りての上映会。
    完成した映画は、より工夫を凝らした映像が加わり、3分を超える作品となっていました。
    途中からプロジェクターも使い、石田さんの映像作品が重なるように投影されて、コラボレーション上映も。

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    また、参加者の皆さんも映写機とスクリーンの間に入ってみることになりました。映像の中に自分の影が映り込むと同時に、自分もスクリーンになるちょっと不思議な体験。自由に手を動かしたりしています。

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    そして最後に、石田さんとアシスタントの川本さんが2人で重い映写機を持ち上げて、グランドギャラリーの吹き抜けになっている天井にむかって投射しはじめました。

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    四角いスクリーンを飛びだした映像は、天井の形に沿って変形し、大きく広がりました。闇の中に次々に放たれる線や色彩の光を皆で見上げながら上映会は終了。
    「映像の光」の魅力、そして楽しさを体感したワークショップとなりました。

    (市民のアトリエ担当)

    [石田尚志「渦まく光」展 関連ワークショップ「映像の光」  実施 2015/05/02 土曜 全1回]

    石田尚志展 スタッフコラムvol.9 「渦まく光」展潜入レポートno.6

    「石田尚志 渦まく光」展手伝いの祢津です。

    3月27日。この展覧会オープニングの記者会見で、石田さんはこう予告しています。

    「美術館は、生きている場所です。5月5日のパフォーマンスでは、そのことを再び確認する場にしたい。」と。「そして、自分も現存作家のひとりとして、『生きている』ことを、表現したいと思います。」

    石田尚志という作家にとってライブペインティングは、作家歴の初期から現在まで続く大切な、そして本質的な仕事です。その場と時間に対峙しながら即興で描く経験から、石田さんは「時間を持った絵画」であるドローイングアニメーションの世界へ入っていきます。

    しかしその日、ライブペインティングを演じるのは、石田さんだけではありませんでした。さらにふたりの「画家」が横浜へのりこんできたのです。

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    5月5日、石田尚志さん・O JUNさん・小林正人さんによるライブドローイング「横浜絵巻」が行われました。

    横浜美術館前の広場には、巨大な白いシートが広げられ、約20メートル四方の舞台が出現しました。初夏の強い日差しの下に対面した3人の画家たちの競演のために、 横浜美術館前にやってきた400人ちかくの人びとは、なにを目にしたでしょうか? およそ40分のあいだ、めまぐるしく続いた絵画の生成過程は、描かれてゆく「絵」よりも、むしろ描く「すがた」をみつめる経験だったかもしれません。それほど、まったく作風のことなる3人の画家の「描きかた」は、それぞれ驚くほど違うのでした。ひとびとは3人の線と色と肉体とを通して、「描くこと」の凶暴なまでの豊かさに立ち会い、「絵画」というイリュージョンが、それが描かれる「世界」とまったく地続きであるというもうひとつのマジックを体験することになったのです。

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    石田さんは、スタートと同時に舞台の上を縦横無尽に駆けまわりました。

    青い絵の具で舞台上の絵巻を染めるだけでは足らず、すぐに描線は紙をはみだして純白のシートの上に泳ぎだしていきました。筆だけでなく、ローラー、チョーク、噴霧器などの画材へと次々に乗り移り、何も描かれていない巻紙を使って、舞台と接する池の水面の上にまで線を延長していったのです。僕はかつて石田さんのことを「画狂」と呼んだあるひとのことを思い出していました。そしてパフォーマンスの終盤、「描くこと」は、限りない拡張の先に「視ること」へと純化されていったのかもしれません。石田さんは筆と絵の具を置き、カメラを使って、舞台のうえの出来事を「撮りはじめた」のです。

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    この日のパフォーマンスのきっかけをつくったのは、石田さんではなくO JUNさんだったのかもしれません。O JUNさんは府中市美術館での個展「描く児」(2013)で石田さんをパフォーマンスの相手に招いたひとです。そして、石田さんと共謀して、小林正人さんをこの日のパフォーマンスに誘い込んだ張本人でもあります。

    Oさんの描画は、2枚の正方形のパネルのうえに鉛筆で軽やかな描線をのばしてゆく、まったく古典的な画家の姿からはじまり、巨きな体で黙々と、舞台上の空気を律していました。しかし、舞台の中盤、突然パネルをかかえて舞台の上に歩み出たときから、それまでの姿勢を反転するように「からだ」をあらわにしていきます。パフォーマンスが始まるまえから舞台の中心に置かれていた木箱。Oさんがその蓋をあけると、中には銀色の金属製のマスクが入っていました。約40㎏もあるという合金を溶かしてつくった眼の穴のあいていないマスクを被ると、Oさんは前も見えなくなり、その重さでまっすぐ歩くのも困難になりました。しかし、ビデオカメラを手にした石田さんにまるで導かれるように、そのままヨロヨロと舞台のうえを歩きまわりながら、パネルの前まで戻りふたたび絵を描こうとするのでした。この不敵な、しかしどこまでも「画家」としかいえない佇まいは、無数のモチーフと画法を使いこなし、とらえどころのないOさんの作品そのものです。

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    小林正人さんは、東京藝術大学でともに教えているO JUNさんの呼びかけに応じて、横浜美術館へやってきました。

    「俺は、パフォーマンスをやったことはないんだよ。」小林さんは言いました。「ただ、絵を描いたんだ。」その言葉のとおり、小林さんははじめから終わりまで、布と絵の具に向かって「絵」をつくることを貫きました。横浜美術館の資材置き場からあつめてきた廃材をくみあげてつくった高さ3メートル以上の画布の上に、いまにも動き出しそうな馬を描いたあとは、その絵の中心から切り取った布で小さなカンバスを新しくつくり、舞台上を自在に動きながら描きました。彼のすがたは、世界を絵に変えることの素のままの歓びに満ち、「絵」が太古からいままで消え去らずに人間を魅了している理由を何よりも雄弁に語ったかもしれません。

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    それは、実に風変わりな「共演」でした。40分間ほどのあいだ、画家たちは、同じモチーフを描きあうのでもなく、隣り同士に線を交わすのでもなく、視線をぶつけることすら数えるほどだったのです。(なにしろOさんが最後に辿りついたのは、真っ暗闇に自分を置くことだったのですから。)

    しかし、そこには観るものを揺らすような気配の運動がくりひろげられていました。3人は、眼のほかの全ての器官でお互いをぎらぎらと意識しながら「画家の場所」としかいえない渦の中へ、ひとびとを連れていきました。とりわけ印象に焼き付いた光景がありました。パフォーマンスがはじまって25分ほど経ったあたりに、3人の画家の誰も絵を描いていない時間があったのです。

    そのとき...Oさんは金属の塊をかぶり、舞台の上をゆっくりと歩き出していました。...石田さんは、Oさんをカメラごしにじっと視ていました。...小林さんは、木を組み合わせ、小さな画布の枠をつくっていました。そのわずか1分間ほどのあいだに、なぜか「絵画」の持つ全てがつまっているように感じられてなりませんでした。

    パフォーマンスのあとで、小林正人さんは言いました。「描く準備も、描いている最中も、描いていない時間も、すべて『絵』に含まれるんだよ。」と。「そして、描かれたあとの時間もさ。」

    ......3人が舞台から消えたあと、観客のひとびとは、横浜美術館前広場が、まるごと一枚の巨大な絵画に結晶しているのを目にしたかもしれません。

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    そして、横浜美術館のグランドギャラリーでは、このパフォーマンスを記録したダイジェスト映像を上映しています。5月31日までにぜひ会場にお越しください。

    一瞬も目が離せない、まさに美術が「生きている」ことをひたすらに見せつけてくれた3人の画家の戦いに感謝を。またいつか、美しい共演を。

    (祢津)

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    ※おわりに、パフォーマンスの最中にかきなぐっていた取材メモを載せておきます。とても長いのですが......めまぐるしく展開したパフォーマンスの雰囲気をわずかでも感じ取っていただければ幸いです。

    【12:30】スタート90分前

    陽射しも風も強い日。美術館前広場に、いく枚もの白いシートが敷かれはじめている。時折、スピーカーから切れ切れに、何かの曲目の一部や、誰かがピアノを試し弾きしているのが聴こえる。画家たちの姿はまだ、ない。

    【13:30】スタート30分前

    白いシートは美術館の建物と池の間を架け渡すように広げられ、約20メートル四方の舞台が出現。設営が進んでいる。舞台にまずやってきたのは画家ではなく画布だ。二枚の何も描かれていない絵巻がV字型に広げられ、舞台の隅に正方形のパネルが何枚か柱に立てられている。絵の具、筆、落葉を掻く棒のようなもの、ペンキを塗るローラーなどの画材。さらに異質なもの。庭の植木に水を撒く為の、小さなポンプのついた、噴霧器(石田作品ではおなじみの道具だ)。舞台の中心に椅子くらいの大きさの木箱が置かれている。あの廃材のようなものは何だろう?...細い丸太が何本か、黄色い擦り切れた布。謎。まるで筏の材料だ。

    【13:45】スタート15分前

    画家3人、登場。かしこまった挨拶はなく、観客も拍手で迎えたりなどはなかった。もうすでに「始まっている」感じ。3人は時たま視線を合わせ、言葉を交わしているが、黙々と絵の具を並べ、それぞれの絵の準備をしている。謎の丸太と黄色い布に手をかけたのは小林さんだった。布を広げると、裏に「横浜美術館 コレクション展」(?)と印刷されている。美術館の備品か何か? とにかくぼろ布だ。座り込み、丸太を組みあわせている。ドリルで穴を開け、釘をねじこんで。観客はいつのまにか、白い舞台を縁取るようにぎっしりと囲んでいた。静か。観客も画家もみな、何かを待っている。

    【14:00】スタート

    スピーカーからのピアノ。バッハだ。と、わかった瞬間にはすでに、石田さんは絵巻の上を全力で走っている。長い棒の上にローラーを付け、線を引く。ブルーの絵の具を血のように飛び散らせ、あっという間に空間を切り開いていく。Oさんは舞台の隅で、正方形のパネルに鉛筆で描きはじめている。仕草はとても静かで、軽い。石田さんとまるで対照的。小林さんは......まだ木を組みつなげている。まったく動じない。パフォーマンスがスタートした。

    【14:05】5分経過

    バッハに立ち向かうように石田さんは描き続け、線は絵巻からはみ出している。跪くような低い姿勢から筆を振り下ろし、線を地面に打ち込むと、飛び散った絵の具で全身がみるみる青く染まり、自分の身体の上にも絵を描いているという感じ。その後ろで、ゆっくりと、とてつもなく大きなものが立ち上がる。丸太に黄色いぼろ布を張ったもの。高さ3メートル以上。小林さんが、力任せに立てている。風にはためいている、本当に筏の帆のようだ。ここに描く気なのか?バッハの曲、終わる。

    【14:10】10分経過

    スピーカーから、風の吹きすさぶ音がながれはじめる。現場に吹いている風の音と混じる。

    石田さん:鬼気迫る勢いで描き続けている。線はもう絵巻におさまらない。外へ。筆をチョークに持ちかえ、舞台の端のコンクリートにも描いていく。こんなペースで描き続けたら、すぐに舞台のあらゆる場所が石田さんの線で埋まってしまう。立ち上がって絵巻の長いロール紙を転がし、何も描かれていない絵巻を延ばしながらそのまま池の中を歩いてきた! ちぎれた絵巻が向こう岸に流れ着く。池の水面に絵巻で線を引いたようにも見える。池のほとりで噴霧器を使い、水面にも水で描いている。もはや舞台からもはみだしてしまった。まだ10分しか経っていない。

    Oさん:黙々と描きつづけ、その場から動かない。けれど異様な存在感。

    小林さん:風をはらんで揺れる帆に色を塗りはじめた。茶色や銀色。画布をつくるところから観ているから、とても注視してしまう。描いている小林さんの顔はしずかな殺気があって一見恐い感じだが、画面に近づいたり離れたりする足取りにはダンスのような軽さがある。

    【14:15】15分経過

    スピーカからの風の音が、だんだんと電子音のような響きに変わってきた。

    石田さん:舞台に戻り、棒とローラーで、シートの上に大きなストロークで描く。線を引き、線に引っ張られているという感じ。踊っているように見える。石田さんは、この場にあるあらゆるものを画材にしそうな勢いだ。

    Oさん:動かず描きつづけている。石田さんがめまぐるしく舞台上を駆けまわっているから、何だか何もしていないように見えるが、ふつうは「絵を描く」ってこういうことだ。感覚がおかしくなる。Oさんの大きな体のうしろで、どういう絵を描いているのかは見えない。

    小林さん:描いているものの姿が見えはじめる。「馬」だ。手で描いている?

    舞台は広く、特に池を挟んだマークイズ側にいる観客からは、パフォーマンスは画家の描いている絵よりもむしろ描く姿を観つづける体験になっている。3人ともぜんぜん違う描きかたで、違うものに描いている。石田さんは地面に、Oさんは正方形の板に、小林さんは風にはためく布に描いている。画材の手触りがこちらにつたわってくる。

    【14:20】20分経過

    スピーカーからピアノが流れる。再びのバッハ『平均律クラヴィーア』。録音ではないライヴだ。演奏は石田匡志さん(作曲家、石田さんの弟)。特別ゲストというわけか。

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    石田さん:『平均律クラヴィーア』を合図に、舞台から出るが、すぐに戻る。ビデオカメラを持ってきた!

    Oさん:小林さんの「馬」を見て、その横に何か描きはじめる。かわいらしい小さな馬だ。画家どうしの線が交わっていくのか? と思ったらすぐに戻って、四角いパネルを頭上に抱えて陽の当たる舞台の中心に歩いて出てきた。Oさんが動くと場が大きく変わる感じ。

    小林さん:やはり手で描いているように見える。黄色い画面に馬の姿が浮かび上がっていく。野生の馬は近年の小林さんの画題でもある。

    【14:23】23分経過

    石田さん:ビデオカメラでその場を撮りはじめる。ついに「描く」ことからもはみだした。Oさんと何か話す。

    Oさん:パネルを池のほとりに下ろすと、Oさんは石田さんと何か話している。

    小林さん:絵を切った!カッターで切り開かれた馬からは、小さな三角形の布が切り取られる。

    匡志さんの『平均律クラヴィーア』、終わる。これからどうなるのか、まったくわからない。

    【14:25】25分経過

    誰も絵を描いていないことに気づく。

    Oさん:舞台の中央に置かれた木箱まで歩いていく。この箱、いままでまったくノーマークだった。蓋をとる。厚い革のグローブをはめ、箱の中から持ち上げたのは銀色の金属? 眼鏡を舞台の外へゆっくりと置きに出る、Oさんのペースは舞台上でとても不敵に見える。金属の塊を勢いをつけて持ち上げ、頭に被った。体がぐらぐら揺れている! 重そうだ。

    石田さん:一歩、一歩、あるきはじめたOさんを撮影しながら、手を踊らせはじめる。

    小林さん:木の棒を手で持てるくらいの三角形に組み合わせている。小さな画布の枠だろうか?

    痺れるような絵の予感が張りつめている。

    【14:30】30分経過

    金属のマスクには眼の穴がなく、目隠しにもなっている。あやうい足取りで舞台上を歩き出したOさんをビデオカメラで追う石田さん、導くように、空中に手を動かしている。小林さんは切り取った布からつくった手持ちのカンバスで、二人をスケッチしはじめる。小林さんはほかの二人と対照的に、ずっと布に向かって描くことしかしていない。

    【14:35】35分経過

    撮影する石田さん、布に描く小林さん。ふたりはOさんを囲み、見守るっているようでもある。Oさんはマスクをつけたまま、まっすぐ歩けない。ゆっくりと、手を広げてバランスをとっている姿は未知の生物の赤ん坊みたいで可笑しく恐い。すごいシーンに辿りついてしまった。3人はゆっくりと舞台の上を移動してゆく。いつのまにか、画家たちはそれぞれのやりかたで力を合わせている。じつに変わった「共演」ではないか?

    【14:40】40分経過

    石田さんも小林さんも観客も、そこにいる全員がOさんの危なっかしい歩行に釘付けだ。Oさんは、ときに舞台の縁まで行きすぎて池に落ちそうになりながら、スタートのときに絵を描き始めた場所、柱にたてかけた3枚目の四角いパネルの前に戻る。そのまま、手探りするように、鉛筆で線を描きはじめた。Oさんは線を引き終え、石田さんと小林さんに導かれながら、舞台の中心の箱の上に戻る。マスクから頭を引き抜くと会場から拍手と喝采が起こる。

    3人は手を高く挙げ、イベントは終了。

    【その後】

    舞台は開放され、観客が絵の具を踏まないように飛びはねながら絵を眺めたり作家と話したりしている。絵のうえに入ってみると、舞台の縁で見ていたときにはわからなかったものがちらばっていた。石田さんの抽象的な描線のなかには、巨大な魚や鳥の姿がいくつも隠れていた。

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    Oさんが金属のマスクを被って描いたのは「あ!」と何かを見いだして驚いている横顔の、ユーモラスなサインだった。

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    小林さんの描いた馬は、近くで見ると今にも躍動しそうだった。同時多発的に激しく生成していった3つの行為と時間は、しかし、画家たちが舞台を去っていったあと、その舞台はまるごと一枚の巨大な絵画になっていた。

    石田尚志展 スタッフコラムvol.8 「渦まく光」展潜入レポートno.5

    「渦まく光」展手伝いの祢津です。

    4月26日、ゲストに詩人の吉増剛造さんを迎え、石田尚志さんとのクロストークがおこなわれました。

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    吉増さんは今年の日本芸術院賞・恩賜賞を受けたことも記憶に新しい、日本現代詩を代表する詩人です。そして石田さんとはおよそ25年前の出会いから現在まで、お互いの創作の要となるタイミングで対話とコラボレーションが続いています。石田さんは吉増さんを「作品を観てほしい最大のひと」だといい、吉増さんは「親代わり......いや、おばあさんがわりだなあ」と微笑みます。ホストには、現代アートの牙城・東京都現代美術館から、お二人とも交流の深い藪前知子学芸員。開催中の「山口小夜子 未来を着る人」展をぬけだしてかけつけていただきました。

    親子ほど年の離れた画家と詩人、そして気鋭のキュレーターから、いったいどんな話が聴こえてくるだろう?石田尚志という作家と作品について、あるいはこの「渦まく光」という展覧会について、何を教えてくれるのだろうか?レクチャーホールをうめつくした観客の人びとのそんな期待は、ひょっとしたら裏切られたかもしれません。

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    撮影:白井晴幸

    なぜなら、この昼下がりに起こったできごとは、ふつうトークイベントときいて思い浮かべるようなものとは、随分かけはなれていたのですから。舞台の上には、巨大な絵巻が横たわるように置かれ、仄暗い会場のスクリーンには3台のプロジェクターから映像が層を重ねるようにうつされています。この独特な会場の陣形からもわかるとおり、このクロストークでやりとりされたのは、言葉だけではありませんでした。90分間の名付けがたい体験の一部始終は(参加した方ならきっと納得していただけると思いますが、)その内容を要約できるようなものではありません。

    すべて印象的だった場面の、いくつかを抜き出してレポートします。

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    対話は、石田さんと吉増さんの出会いからはじまりました。

    1990年。高校を中退して東京を飛び出し沖縄に渡った石田さん(そのころはまだ、映像制作ははじまっていません)は、沖縄の詩人の紹介で、東京から展示の為にやってきていた吉増さんと対面します。

    10代の石田さんは、描きあげたばかりの渾身の作品を吉増さんに披露します。それは50mのFAX用紙に描かれた巻物状の絵画でした。石田さんは回想します。「絵を観ている吉増さんの姿勢が、とにかく凄かった。」詩人のただならない佇まいに挑むように、若かりし画家は思わぬ頼みごとをぶつけました。

    「この絵に、題名をつけてくれませんか。」吉増さんは、てのひらに直接墨汁を溜めて、筆でそれを書いたのだといいます。その直筆のタイトルを、客席に向けてかかげる石田さん。

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    『絵馬』

    「18歳の石田尚志の、眼が、血走ってたもんなあ。」吉増さんは当時を回想し、「作品をつくることは、あの血走った眼を思い出す、ということなんです。」と石田さんが返します。

    ふたりがはじめて会った日、吉増さんが石田さんに贈った絵のタイトルは、もしかすると石田尚志という作家の在り方すらも、決定づけてしまったのかもしれません。

    以降、「絵馬」の名前は、石田さんいわく「大切な宿題」として、作品歴に繰り返し登場することになります。本展では《絵馬・絵巻》、《絵馬・絵巻2》が出品されています。

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    吉増さんと石田さんは、ここ横浜美術館にも浅からぬ縁があります。

    2007年。このブログでも何度か紹介している「水の情景-モネ、大観から現代まで」展。

    その連動企画として行われた上映プログラム「水の映画会」で、おふたりは作品を並べることになります。石田さんは4ヶ月間の滞在制作で撮りあげた《海の映画》のラッシュを上映。そして吉増さんもまた、なんと「映像作品」を携えて登場するのです。

    《gozoCiné》と名付けられたその映像作品のシリーズは、ビデオカメラを用いた日記であり、風景と思索の記録であり、なにより映像で織られた美しい詩でした。そして会場では《gozoCiné》のスクリーンに向かって作家自身が声を重ね、あたかも活動弁士のように映像とかけあいをするパフォーマンス「uragoe(裏声)ヴァージョン」が披露されたのです。

    そして、この日のクロストークの会場にも、「裏声」は響いていたのかもしれません。「水の映画会」の回想を語る吉増さんの背後には、通奏低音のように映写されるヴィデオがありました。その被写体は手書きの詩の原稿、じつに異様な、複雑きわまる原稿です。大きさも色も様々な文字は原稿用紙のマス目をはみ出し、用紙を貼り合わせ、重ね、まるでオブジェのような存在感を放つそれは、3.11以降書き続けられている長大な詩篇〈怪物君〉の紙面。

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    撮影:白井晴幸

    石田さんは「印刷するとか、本にするとかいう次元を遥かに超えている。」というその詩を「とにかく『読もう。』という覚悟で」、2時間あまりのドキュメンタリー映画を撮ってしまいます。(映像作家・鈴木余位さんとの共作《怪物君》2013年)

    詩人・吉本隆明の詩〈日時計〉をもとにした〈怪物君〉は、日々即興的に書かれながら、いまもふえつづけています。「きょうで613枚になった。」吉増さんは映像に語りかけるようにいいます。「面白いもんだねえ。つい最近、原稿用紙の裏側に詩を書きはじめてることに気づいた。(2007年の横浜美術館のパフォーマンスから)8年が経って、あの『裏声』が紙の裏にまわってきたんだよ。面白いねえ。」その声を呼び水に、石田さんも言葉を継ぎます。《フーガの技法》と《渦巻く光》を成立させているものも、紙の裏から当てた照明。「裏側からの光に向かって描いてゆく経験」なのだと。

    そうした「裏」を巡るふたりの対話もまた、吉増さんが書き、石田さんが撮った〈怪物君〉の映像への「裏声」に聴こえてきます。

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    さまざまな位相を横断しながら加熱してゆくふたりのやりとりを鋭い司会で律していた薮前さんもまた、両作家の共演の仕掛け人でもあります。

    2011年。吉増さんと石田さんはパフォーマンスのために東京都現代美術館に招かれます。そのパフォーマンス「Cinéオペラシォン」を企画したのが、薮前さんでした。

    「それを観た誰もが衝撃を受け、しかもそれが何事であったかをまったく言語化できませんでした。」と、薮前さんは「Cinéオペラシォン」を回想します。「競演というより、対決......喧嘩しているようにも見えた」という、そんな空気は、まるでこの日のクロストークにもあてはまります。

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    撮影:白井晴幸

    回想・連想・随想、自在に言葉を繰り出し、時に唄を交えながら語る吉増さんに呼応するように、石田さんは空中に線を描きはじめ、そのまま手持ちのカメラを使って、手のダンスを壁に映します。舞台上の対話はまるでいまにも即興パフォーマンスへと突入してゆきそうな緊張感がみなぎるなか、身振りや、声や、映像、音楽、音、もっと微妙な、空気や視線や気配が交わされ、会場は異様な磁力を帯びていったのです。

    薮前さんは吉増さんと石田さんの交差をふりかえっていいます。「ふたりのやりとりから、私たちが知っているものとは全然ちがう芸術史が、うまれうる。」

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    こうして、クロストークは喝采のなか終了しました。

    ここに書く事ができたシーンはほんの一部であり、そして観た方によってはまた別の場面に共鳴し、ことなる解釈をされたことと思います。その意味は、立ち会った観客の人びとの数だけあるのでは、と感じるのは、blogやSNSに広がっている反響がおどろくほど多様で真剣であるからです。いいかえれば、このクロストークは、なにかをわかりやすく説明・解説・回答する場ではなく、むしろ謎と問いを限りなく増やし、その謎に全員で対峙し、それぞれが持ち帰るための場だったのではないでしょうか。25年前、石田さんが吉増さんから贈られた「大切な宿題」のように............《絵馬》は、吉増さんの詩のタイトルでもあるのです。

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    以上3点撮影:白井晴幸

    「渦まく光」展は会期の折り返し点を迎えました。5月31日までに、ぜひ横浜美術館へお越し下さい。

    (袮津)

    本イベントの撮影・舞台設営にご協力いただいた、映像作家の鈴木余位氏、照明・舞台作家の山本圭太氏、写真家の白井晴幸氏、映画作家の西村果歩氏、映画作家の廣田智大氏に心より感謝申し上げます。(横浜美術館)

    石田尚志展 ライブドローイング「横浜絵巻」速報!

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    石田尚志展関連イベント、ライブドローイング「横浜絵巻」が5月5日(火・祝)に行われました。このイベントは、O JUNさん、小林正人さんというお二人の画家の参戦となり、石田さんを加えた3名の豪華メンバーでドローイングによるパフォーマンスを行うというもの。

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    石田さんは、20代前半の頃、新宿アルタ前などで、CDラジカセからバッハの音楽を流しながら即興で描いていくライブペインティングを行っていました。

    今回のライブドローイングでは、石田さんの弟で作曲家の石田匡志さんの生演奏によバッハの曲をバックに、美術館前広場を舞台に、3人がそれぞれに即興で線を描いていきます。3人のエネルギーは次第にシンクロしていき、ぶつかり合い、舞台はうねるような線で埋め尽くされていきました。

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    黄色の大きな布のようなものに線を描いてゆく小林さん。

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    カンヴァスに鉛筆で絵を描いたO JUNさんが何やら銀色の塊をとりだして...

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    頭にかぶり歩き出したところを、石田さんがカメラを手に追いかけます。

    この日はお天気にも恵まれ、400人近くの人が美術館前に集まりました。パフォーマンス終了後には、完成した「横浜絵巻」を間近で見られることもあり、多くの人が興味深そうに見ていました。

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    イベントの詳細レポートは後日、本ブログで改めてご報告します!(広報担当)

    石田尚志展 NHK Eテレ「日曜美術館」アートシーンにて紹介!

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    5月3日(日)朝9時45分から、NHK Eテレ「日曜美術館」アートシーンにて展覧会をご紹介いただきます(再放送は同日20時45分から)。4月中旬に行われた撮影では、石田さんのインタビューも収録。インタビューは、2006年横浜美術館で滞在制作を行った《海の壁―生成する庭》の作品の前で行いました。

    石田さんがなぜドローイング・アニメーションを使って制作を始めたのか?創作を支えるものは何なのか?

     ぜひご覧ください!

    ■NHK Eテレ「日曜美術館」 http://www.nhk.or.jp/nichibi/index.html 

     (広報担当)

    石田尚志展 ボランティアによる「展覧会・ココがみどころ!」開催しています

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    5月31日まで開催中の石田尚志展では、当館ボランティアが展覧会のみどころを15分でコンパクトにお伝えする「展覧会・ココがみどころ!」を実施しています。

    当館のボランティアは年齢層も幅広く、お仕事をされている方、主婦の方、学生さんなどバラエティ豊か。美術が大好きなボランティアのみなさんが、それぞれの視点で見た石田展の魅力をスライド画像を交えながらお話しします。

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    開催は、石田展の期間中、毎週土日の11時・14時の1日2回。今回は10名のボランティアが交代でトーカーを担当しています。展覧会の概要や、それぞれのおすすめ作品が盛り込まれた内容で、ボランティア自身がどんなふうに作品を感じたかもあわせて、わかりやすくお話しします。あえて予備知識をもたずに作品に出会うのも楽しいものですが、展覧会を見る前に全体像が分かると、より興味深く作品を楽しめるのではないでしょうか。

    「展覧会・ココがみどころ!」は美術館正面入口からお入りいただいたら、すぐ右手に見えるグランドギャラリー内の会場で行っています。予約は不要、どなたでも無料でご参加いただけますので、ご来館の際はぜひお気軽にお立ち寄りください!

    (教育普及担当)

    石田尚志展 スタッフコラムvol.7 上映&トーク「石田尚志 上映個展」レポート

    「石田尚志 渦まく光」展が開幕してはや3週間。展覧会は、学生の方、親子連れの方、さらには海外からのお客様にも恵まれ、日々たくさんの方に石田作品の魅力をご紹介できているのではと思っております。

    今回のコラムを担当するのは、展覧会担当学芸員の大澤紗蓉子です。これまで、このコラムでは編集やアップ作業などを、ひっそりと行なっていました。

    4月19日(日)、石田展関連イベント「石田尚志上映個展」が開催されました。会場になった横浜美術館レクチャーホールは、石田さんが当館で滞在制作を行う前に、映像作家仲間と企画した上映会「映像前夜」(2000)を開催した馴染み深い場所です。今回のイベントでは、石田さんと担当学芸員松永によるトークにあわせて、展覧会に出品していない作品や、石田さん秘蔵の映像などが上映されました。

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    当日は、事前に用意した幾つかの作品の中から、話の展開にあわせてVJのようにその場で作品が選ばれていったため、上映会ながらも臨場感あふれるイベントになりました。そのため、ご参加の方に上映プログラムをお配りすることができませんでしたので、作品の紹介とあわせて、こちらのコラムに記載いたします。(以下、上映順です)

    《海の映画》2007年、ビデオ(サウンド)/10
    展覧会未出品。石田さんと松永の初めての仕事となった、当館の公開制作プログラム「AIMY(Artist in Museum, Yokohama)」で生まれた作品。音楽は、石田さんの親友であり、ドイツを拠点に活動する音楽家の足立智美さんが担当。「水」をテーマに制作された作品だけあり、映像の中で流れる映写機の回転する音は、水の音を加工して作られたサウンド(!)とのこと。

    《絵巻》1995年、ビデオ(8mmフィルムから変換、サウンド)/510
    石田さんが初めて完成させたドローイング・アニメーション作品。展示室ではモニターで上映されていますが、「大画面で見たい!」という石田さんの希望からスクリーン上映しました。

    《闇の絵巻》1997年、ビデオ(サウンド)/7
    展覧会未出品。《フーガの技法》が生まれるきっかけとなった作品で、石田さん曰く「10数年ぶりに上映した」とのこと。この作品で描かれた絵の一部は加工され、《フーガの技法》で再び使われています。音楽は石田さんの弟、匡志さんが高校生のころに映像に合わせて即興演奏したシンセサイザーの楽曲。

    《部屋/形態》1999年、16mmフィルム(サウンド)/7
    石田さんの〈部屋〉シリーズ第一作。展示室では映像インスタレーションのように上映されていますが、もともと「映画」作品として制作されたものであるため、シアター空間(+大音量)でご覧いただきたく、展示室と同様、オリジナルの16mmフィルムで上映しました。

    《スリー・レッド・ストライプス》2005年、ビデオ(サウンド)/150
    展覧会未出品。《海の映画》の音楽を担当した足立智美さんと石田さんの共同制作作品。ウィーンで開催された二人の展覧会のために現地制作されたもの。足立さんのボイスパフォーマンスと石田さんの線描が重なりあう作品。

    《三つの海辺から》2005年、ビデオ(サウンド)/320
    展覧会未出品。石田さんが沖縄を旅した際に制作した習作。この作品の翌年、石田さんは横浜美術館で「水」をテーマに《海の壁》、《海の映画》を制作。それまで「水」をテーマに作品制作をしたことはなかったと述べていた石田さんでしたが、今回の展覧会準備中に突然この作品が浮上。はからずも《海の壁》を予兆する作品が制作されていたのでした。

    「国立新美術館でのパフォーマンス記録映像」2010年、ビデオ(サウンド)
    展覧会未出品。2010年4月10日、国立新美術館での企画展「アーティスト・ファイル2010」の関連イベントとして開催されたアーティストトークで、石田さんが突如行ったパフォーマンスの記録映像。このパフォーマンスが、展覧会出品作《音楽と空間のドローイング》(2012)を制作するきっかけになったと石田さん。

    そして、最後の映像について解説すると、石田さんは唐突に壇上を下りてゆき...、

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    映像にあわせて突然パフォーマンスを開始。壇上の松永も、客席にいた私も、誰もがまったく予期していなかったパフォーマンスに、場内は驚きと興奮の渦に...!最後、その見事な身体表現に全員が拍手喝采。石田さんの熱気、それを目撃した参加者の熱気に包まれながら、イベントは閉幕しました。

    今回のイベント、実は直前に機材トラブルが重なり、バタバタの中のスタートでした...。ですが、そんなこともむしろ後押しとなって、石田さん持ち前の「即興性」が全編にわたって炸裂するイベントになりました。終了後、「やっぱり石田さんを『上映&トーク』という枠に収めるのは無理だったね...」と松永はため息をつきつつ、その一瞬後には「でも、それでこそ石田尚志!!」と笑みを浮かべるのでした。

    なお、本展カタログには、これらの上映作品を含む、石田さんのほぼ全作品を図版付で掲載しております。カタログについては、またこのコラムで詳しくご紹介したいと思います。

    (大澤)