篠山紀信展 学芸員コラム vol.7 「聖セバスチャン」の奇跡 下

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展示室であらためて高さ3mもある《三島由紀夫》の写真を観察して気が付いたことがあります。背景と人物のパースペクティヴ(遠近法)がずれているようなのです。黒い大木は、画面下端では写真の幅の半分ほどを占めているのに、上端は三島の肩幅くらいに窄まっているのです。高さにしてせいぜい1.5mか、2mに満たない範囲内で、ここまで円錐状に細くなる幹というのはちょっと不自然ではないでしょうか。これはカメラを少し上向きにして撮影した結果、樹木の輪郭にパースがかかったためではないかと思います。それに対して人物は胸のあたりにレンズの中心を合わせて撮影している。つまり、背景はあらかじめ人物抜きで撮影されたと考えられます。

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左:《三島由紀夫》1968年/右:《三島由紀夫》1969年、展示風景

それでは、人物と背景はいかにして合一されたのか。それは今となっては古典的な方法だったと思います。明治大正から昭和にかけての写真館には、肖像写真用に背景画が用意されていました。西洋風の庭園などをバックに、真っ白い服を着た赤子を膝に、着飾って猫脚の椅子に腰かけた夫人と、その傍らで白手袋に軍刀を下げ、勲章を胸に軍服姿で立つ夫、といった具合に、ご家庭の古いアルバムの中に、そうしたスタジオで撮影されたご家族やご先祖の記念写真を持っておられる方もおありでしょう。このセバスチャンを演じる三島由紀夫も同じように、スタジオに大木のある風景の写真を大きく伸ばして背景画として立てて、その前でポーズをとって撮影されたのではないかと推測されるのです。

この仮説に味方してくれそうな論拠をふたつ見つけました。

その1:先回紹介した『婦人公論』の記事の中で、篠山さんはこの写真について、「ちょっと角度が違うと矢を支える針金が写ってしまうから微妙に位置を変えた」と語っておられます。矢を針金で支えるためのセッティングはスタジオでなければ難しいでしょう(ついでながら、針金をラボ操作で消すという選択肢もなかった)。

その2:三島は「男の死」以前に、『薔薇刑』(1963年刊)という写真集のモデルになっています。その中に、森の中の大木を描いたルネッサンス風の背景画を背に、ちょうど聖セバスチャンのような位置にたたずむように立つ褌姿の三島を写した1枚があります。撮影者細江英公氏の「『薔薇刑』撮影ノート」(『薔薇刑』新版、集英社、1984年)によれば、三島の蔵書、ベレンソン著『イタリアルネッサンス』の図版にあったジョルジョーネの絵の背景部分を原画として、背景画制作専門の業者に頼んで布地のバックを作ったとあります。それが褌姿の三島写真の背景画と同一かはわかりませんが、少なくとも三島は背景画を使って自らの写真を、しかも聖セバスチャンを予見するように撮らせていたことになります。

本展出品の聖セバスチャンとしての《三島由紀夫》では、背景画は絵画ではなく写真です。今でこそ巨大な写真を使った看板や壁貼りポスターは珍しくありませんが、昔は映画館の看板なども手描きが当たり前で、『薔薇刑』の背景画も手描きです。1960年代末に背景の写真をこれだけ大きく伸ばすことができたでしょうか?

そこで思い出したのが、今当館のコレクション展に出ている桑原甲子雄の写真《銀座のレストラン》(京橋区尾張町森永キャンディーストア、1936年)です。カフェの壁面一杯に、巨大な女性の顔やフラメンコなどをモンタージュした写真が貼ってあります。よく見ると画面に紙の継ぎ目が縦に走っています。これは幅1mほどのロール状の印画紙を貼り合わせた痕跡でしょう。昭和11年の撮影ですから、《三島由紀夫》が撮影された昭和43年時点で写真の大伸ばしによる背景画の製作は十分可能だったことでしょう。

さすればこの聖セバスチャンとしての三島の背景写真も、篠山さんが撮影したのではないかと推測したいところです。実際、三島は殉教する聖セバスチャンが縛られていた樹木に強い関心を寄せていました。これについては管見の限りこれまで注目されていないようですが、先回紹介した三島の小説『仮面の告白』の中に、有名な「悪習」のくだりに続けて「聖セバスチャン《散文詩》」と題された一節があります。その冒頭、主人公は教室の窓から一本の「驚くべく美しい樹」を見出して胸を高鳴らせます。その樹は丸みを帯びた端正な三角形で、「その緑の下には暗い黒檀の台座のやうな・ゆるぎない幹がのぞかれた」とあります。続きを引用しますと:

「この樹ではなかったか?」-突然私は心に問うた。「若い聖者が後ろ手に縛しめられ、その幹に雨後の滴のやうに聖い夥しい血をしたたらせた樹は。末期の苦しみにもえさかるその若い肉を、(それはおそらく地上のあらゆる快楽や悩みの最後の証拠)、彼が荒々しくすりつけて身悶えした羅馬[ローマ:筆者註]の樹は?」(三島由紀夫『仮面の告白』:決定版三島由紀夫全集1、新潮社、2000年、206-207頁)

暗い黒檀の台座のような、ゆるぎない幹は、聖セバスチャンとしての《三島由紀夫》の背景にもしっかりと再現されています。幹のパースのついた輪郭は三角形を予感させないでしょうか。この樹はどこにでもある木であってはならず、しかるべき1本が選ばれたことでしょう。あらかじめ三島が樹の写真を用意していた可能性もありますが、三島が意中のどこそこの樹を、あるいは樹のイメージを篠山さんに告げて、それに基づいて撮影されたと考えることもできます。

以上は本展出品写真《三島由紀夫》と対話した私の推測です。間違っているかもしれません。最後に、篠山さんが語ったこの写真の撮影後のエピソードを紹介して本展の学芸員ブログを締めくくりたいと思います。

三島は撮影したコマすべてをフィルムごと焼き付けたコンタクトプリントのチェックを欠かさなかったそうですが、写真を選んだ時、「篠山さん、私はこれが好きです」と言って万年筆で丸をつけて、「三島」とサインしたそうです。続けて篠山さんは次の様に語っています。

「(三島は:筆者補)自分が持っているイメージをより正確に、あるいは強調した美しい写真を僕に望んでいたのではないでしょうか。」(『婦人公論』前掲)

この言葉には、三島に限らず、アイドルでもアスリートでも役者でも、篠山さんが肖像写真を撮るときに今日まで一貫して持ち続けている哲学に通じるものがあると思います。(おわり)

(中村尚明)