NAP「荒木悠展 複製神殿」展覧会コラム vol.2

「荒木悠展 複製神殿」の展覧会コラムvol.2です。

今回は、前回に続き、展覧会のフライヤーをご紹介します。

NAP_Araki_vol.2_1.jpg

NAPでは、昨年度の「田中望展 潮つ路」より、共通のデザインによる展覧会フライヤーとリーフレットを制作しています(荒木展のリーフレットは3月中旬発行予定)。ロゴとデザインのベースカラーは展覧会ごとに変わり、田中展はさわやかな水色でしたが、荒木展はキッチュなピンク色になりました。

そしてここで目を惹くのは、フライヤーのメインビジュアル。この画像は、本展の新作制作のため、アテネに滞在していた荒木さんから届いた「複製神殿コンセプトスケッチ」です。画像の下地になっているのは、アメリカ・テネシー州の州都ナッシュビルにある「パルテノン神殿」の約100年前のお土産用ポストカード。そのファサード部分に、荒木さんがアテネで撮影した2015年現在のパルテノン神殿の写真が重ね合わされています。

ナッシュビルの「パルテノン神殿」は、知る人ぞ知る存在。アテネのパルテノン神殿と同じスケールで建てられたレプリカで、本家のパルテノンでは破壊されてしまったフリーズ彫刻や、紀元前5世紀の彫刻家フェイディアスによる金色のアテナ像なども復元されています。このコンセプトスケッチでは、こうした「レプリカ(複製)」のパルテノン神殿がベースになっています。そしてまた、このナッシュビルは、荒木さんにとって第二の故郷と呼べる場所でもあります。

NAP_Araki_vol.2_2.jpg
「ナッシュビル、テネシー州 ザ・パルテノン」1910年頃、インク、紙(絵葉書)、8.8×13.9cm、作家蔵

荒木さんは、3歳から6歳、14歳から18歳の間、ナッシュビルに暮らしていました。高校から美術を学び始め、17歳のとき、ナッシュビルのパルテノンの地下にあるギャラリーで、クラスメイトたちとグループ展を開催。そこで初めて、自身の作品として自画像を出品しました。その後、ナッシュビルの高校を卒業した荒木さんは、ミズーリ州セントルイス・ワシントン大学に入学します。大学では彫刻を専攻しますが、次第にカメラ=映像表現に関心を抱き、2006年頃から映像作品の制作を始めるようになりました。

メインビジュアルの話しに戻りますが、荒木さんは、本展の会場となる当館のアートギャラリー1を初めて下見したとき、ナッシュビルのパルテノンの地下ギャラリーを思い出されたそうです(当館アートギャラリー1とナッシュビルの地下ギャラリーは、どちらも大きな2本の柱が中央に立っています)。そして常々、丹下健三さんの設計による横浜美術館を、どこか神殿のようなイメージでとらえていたとのこと。ここから、荒木さんは今回の展覧会にあたり、地理的に遠く離れた3つの神殿――ナッシュビルのパルテノン神殿(アメリカ)、横浜美術館(日本)、アテネのパルテノン神殿(ギリシャ)――を繋げてみる試みに挑むことを決意したそうです。

美術を志すことを決めたナッシュビルに一度立ち返り、横浜を経由しつつ、アテネへと向かう。フライヤーに使われているメインビジュアルには、展覧会の始まりを表すこうした経緯とコンセプトが込められています。新作では、一体どのような旅の結果が見られるのでしょうか、、

次回は、2007年に大学を卒業後、日本に帰国してからの荒木さんの活動をご紹介します。

(大澤紗蓉子)