石田尚志展 スタッフコラムvol.9 「渦まく光」展潜入レポートno.6

「石田尚志 渦まく光」展手伝いの祢津です。

3月27日。この展覧会オープニングの記者会見で、石田さんはこう予告しています。

「美術館は、生きている場所です。5月5日のパフォーマンスでは、そのことを再び確認する場にしたい。」と。「そして、自分も現存作家のひとりとして、『生きている』ことを、表現したいと思います。」

石田尚志という作家にとってライブペインティングは、作家歴の初期から現在まで続く大切な、そして本質的な仕事です。その場と時間に対峙しながら即興で描く経験から、石田さんは「時間を持った絵画」であるドローイングアニメーションの世界へ入っていきます。

しかしその日、ライブペインティングを演じるのは、石田さんだけではありませんでした。さらにふたりの「画家」が横浜へのりこんできたのです。

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5月5日、石田尚志さん・O JUNさん・小林正人さんによるライブドローイング「横浜絵巻」が行われました。

横浜美術館前の広場には、巨大な白いシートが広げられ、約20メートル四方の舞台が出現しました。初夏の強い日差しの下に対面した3人の画家たちの競演のために、 横浜美術館前にやってきた400人ちかくの人びとは、なにを目にしたでしょうか? およそ40分のあいだ、めまぐるしく続いた絵画の生成過程は、描かれてゆく「絵」よりも、むしろ描く「すがた」をみつめる経験だったかもしれません。それほど、まったく作風のことなる3人の画家の「描きかた」は、それぞれ驚くほど違うのでした。ひとびとは3人の線と色と肉体とを通して、「描くこと」の凶暴なまでの豊かさに立ち会い、「絵画」というイリュージョンが、それが描かれる「世界」とまったく地続きであるというもうひとつのマジックを体験することになったのです。

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石田さんは、スタートと同時に舞台の上を縦横無尽に駆けまわりました。

青い絵の具で舞台上の絵巻を染めるだけでは足らず、すぐに描線は紙をはみだして純白のシートの上に泳ぎだしていきました。筆だけでなく、ローラー、チョーク、噴霧器などの画材へと次々に乗り移り、何も描かれていない巻紙を使って、舞台と接する池の水面の上にまで線を延長していったのです。僕はかつて石田さんのことを「画狂」と呼んだあるひとのことを思い出していました。そしてパフォーマンスの終盤、「描くこと」は、限りない拡張の先に「視ること」へと純化されていったのかもしれません。石田さんは筆と絵の具を置き、カメラを使って、舞台のうえの出来事を「撮りはじめた」のです。

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この日のパフォーマンスのきっかけをつくったのは、石田さんではなくO JUNさんだったのかもしれません。O JUNさんは府中市美術館での個展「描く児」(2013)で石田さんをパフォーマンスの相手に招いたひとです。そして、石田さんと共謀して、小林正人さんをこの日のパフォーマンスに誘い込んだ張本人でもあります。

Oさんの描画は、2枚の正方形のパネルのうえに鉛筆で軽やかな描線をのばしてゆく、まったく古典的な画家の姿からはじまり、巨きな体で黙々と、舞台上の空気を律していました。しかし、舞台の中盤、突然パネルをかかえて舞台の上に歩み出たときから、それまでの姿勢を反転するように「からだ」をあらわにしていきます。パフォーマンスが始まるまえから舞台の中心に置かれていた木箱。Oさんがその蓋をあけると、中には銀色の金属製のマスクが入っていました。約40㎏もあるという合金を溶かしてつくった眼の穴のあいていないマスクを被ると、Oさんは前も見えなくなり、その重さでまっすぐ歩くのも困難になりました。しかし、ビデオカメラを手にした石田さんにまるで導かれるように、そのままヨロヨロと舞台のうえを歩きまわりながら、パネルの前まで戻りふたたび絵を描こうとするのでした。この不敵な、しかしどこまでも「画家」としかいえない佇まいは、無数のモチーフと画法を使いこなし、とらえどころのないOさんの作品そのものです。

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小林正人さんは、東京藝術大学でともに教えているO JUNさんの呼びかけに応じて、横浜美術館へやってきました。

「俺は、パフォーマンスをやったことはないんだよ。」小林さんは言いました。「ただ、絵を描いたんだ。」その言葉のとおり、小林さんははじめから終わりまで、布と絵の具に向かって「絵」をつくることを貫きました。横浜美術館の資材置き場からあつめてきた廃材をくみあげてつくった高さ3メートル以上の画布の上に、いまにも動き出しそうな馬を描いたあとは、その絵の中心から切り取った布で小さなカンバスを新しくつくり、舞台上を自在に動きながら描きました。彼のすがたは、世界を絵に変えることの素のままの歓びに満ち、「絵」が太古からいままで消え去らずに人間を魅了している理由を何よりも雄弁に語ったかもしれません。

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それは、実に風変わりな「共演」でした。40分間ほどのあいだ、画家たちは、同じモチーフを描きあうのでもなく、隣り同士に線を交わすのでもなく、視線をぶつけることすら数えるほどだったのです。(なにしろOさんが最後に辿りついたのは、真っ暗闇に自分を置くことだったのですから。)

しかし、そこには観るものを揺らすような気配の運動がくりひろげられていました。3人は、眼のほかの全ての器官でお互いをぎらぎらと意識しながら「画家の場所」としかいえない渦の中へ、ひとびとを連れていきました。とりわけ印象に焼き付いた光景がありました。パフォーマンスがはじまって25分ほど経ったあたりに、3人の画家の誰も絵を描いていない時間があったのです。

そのとき...Oさんは金属の塊をかぶり、舞台の上をゆっくりと歩き出していました。...石田さんは、Oさんをカメラごしにじっと視ていました。...小林さんは、木を組み合わせ、小さな画布の枠をつくっていました。そのわずか1分間ほどのあいだに、なぜか「絵画」の持つ全てがつまっているように感じられてなりませんでした。

パフォーマンスのあとで、小林正人さんは言いました。「描く準備も、描いている最中も、描いていない時間も、すべて『絵』に含まれるんだよ。」と。「そして、描かれたあとの時間もさ。」

......3人が舞台から消えたあと、観客のひとびとは、横浜美術館前広場が、まるごと一枚の巨大な絵画に結晶しているのを目にしたかもしれません。

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そして、横浜美術館のグランドギャラリーでは、このパフォーマンスを記録したダイジェスト映像を上映しています。5月31日までにぜひ会場にお越しください。

一瞬も目が離せない、まさに美術が「生きている」ことをひたすらに見せつけてくれた3人の画家の戦いに感謝を。またいつか、美しい共演を。

(祢津)

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※おわりに、パフォーマンスの最中にかきなぐっていた取材メモを載せておきます。とても長いのですが......めまぐるしく展開したパフォーマンスの雰囲気をわずかでも感じ取っていただければ幸いです。

【12:30】スタート90分前

陽射しも風も強い日。美術館前広場に、いく枚もの白いシートが敷かれはじめている。時折、スピーカーから切れ切れに、何かの曲目の一部や、誰かがピアノを試し弾きしているのが聴こえる。画家たちの姿はまだ、ない。

【13:30】スタート30分前

白いシートは美術館の建物と池の間を架け渡すように広げられ、約20メートル四方の舞台が出現。設営が進んでいる。舞台にまずやってきたのは画家ではなく画布だ。二枚の何も描かれていない絵巻がV字型に広げられ、舞台の隅に正方形のパネルが何枚か柱に立てられている。絵の具、筆、落葉を掻く棒のようなもの、ペンキを塗るローラーなどの画材。さらに異質なもの。庭の植木に水を撒く為の、小さなポンプのついた、噴霧器(石田作品ではおなじみの道具だ)。舞台の中心に椅子くらいの大きさの木箱が置かれている。あの廃材のようなものは何だろう?...細い丸太が何本か、黄色い擦り切れた布。謎。まるで筏の材料だ。

【13:45】スタート15分前

画家3人、登場。かしこまった挨拶はなく、観客も拍手で迎えたりなどはなかった。もうすでに「始まっている」感じ。3人は時たま視線を合わせ、言葉を交わしているが、黙々と絵の具を並べ、それぞれの絵の準備をしている。謎の丸太と黄色い布に手をかけたのは小林さんだった。布を広げると、裏に「横浜美術館 コレクション展」(?)と印刷されている。美術館の備品か何か? とにかくぼろ布だ。座り込み、丸太を組みあわせている。ドリルで穴を開け、釘をねじこんで。観客はいつのまにか、白い舞台を縁取るようにぎっしりと囲んでいた。静か。観客も画家もみな、何かを待っている。

【14:00】スタート

スピーカーからのピアノ。バッハだ。と、わかった瞬間にはすでに、石田さんは絵巻の上を全力で走っている。長い棒の上にローラーを付け、線を引く。ブルーの絵の具を血のように飛び散らせ、あっという間に空間を切り開いていく。Oさんは舞台の隅で、正方形のパネルに鉛筆で描きはじめている。仕草はとても静かで、軽い。石田さんとまるで対照的。小林さんは......まだ木を組みつなげている。まったく動じない。パフォーマンスがスタートした。

【14:05】5分経過

バッハに立ち向かうように石田さんは描き続け、線は絵巻からはみ出している。跪くような低い姿勢から筆を振り下ろし、線を地面に打ち込むと、飛び散った絵の具で全身がみるみる青く染まり、自分の身体の上にも絵を描いているという感じ。その後ろで、ゆっくりと、とてつもなく大きなものが立ち上がる。丸太に黄色いぼろ布を張ったもの。高さ3メートル以上。小林さんが、力任せに立てている。風にはためいている、本当に筏の帆のようだ。ここに描く気なのか?バッハの曲、終わる。

【14:10】10分経過

スピーカーから、風の吹きすさぶ音がながれはじめる。現場に吹いている風の音と混じる。

石田さん:鬼気迫る勢いで描き続けている。線はもう絵巻におさまらない。外へ。筆をチョークに持ちかえ、舞台の端のコンクリートにも描いていく。こんなペースで描き続けたら、すぐに舞台のあらゆる場所が石田さんの線で埋まってしまう。立ち上がって絵巻の長いロール紙を転がし、何も描かれていない絵巻を延ばしながらそのまま池の中を歩いてきた! ちぎれた絵巻が向こう岸に流れ着く。池の水面に絵巻で線を引いたようにも見える。池のほとりで噴霧器を使い、水面にも水で描いている。もはや舞台からもはみだしてしまった。まだ10分しか経っていない。

Oさん:黙々と描きつづけ、その場から動かない。けれど異様な存在感。

小林さん:風をはらんで揺れる帆に色を塗りはじめた。茶色や銀色。画布をつくるところから観ているから、とても注視してしまう。描いている小林さんの顔はしずかな殺気があって一見恐い感じだが、画面に近づいたり離れたりする足取りにはダンスのような軽さがある。

【14:15】15分経過

スピーカからの風の音が、だんだんと電子音のような響きに変わってきた。

石田さん:舞台に戻り、棒とローラーで、シートの上に大きなストロークで描く。線を引き、線に引っ張られているという感じ。踊っているように見える。石田さんは、この場にあるあらゆるものを画材にしそうな勢いだ。

Oさん:動かず描きつづけている。石田さんがめまぐるしく舞台上を駆けまわっているから、何だか何もしていないように見えるが、ふつうは「絵を描く」ってこういうことだ。感覚がおかしくなる。Oさんの大きな体のうしろで、どういう絵を描いているのかは見えない。

小林さん:描いているものの姿が見えはじめる。「馬」だ。手で描いている?

舞台は広く、特に池を挟んだマークイズ側にいる観客からは、パフォーマンスは画家の描いている絵よりもむしろ描く姿を観つづける体験になっている。3人ともぜんぜん違う描きかたで、違うものに描いている。石田さんは地面に、Oさんは正方形の板に、小林さんは風にはためく布に描いている。画材の手触りがこちらにつたわってくる。

【14:20】20分経過

スピーカーからピアノが流れる。再びのバッハ『平均律クラヴィーア』。録音ではないライヴだ。演奏は石田匡志さん(作曲家、石田さんの弟)。特別ゲストというわけか。

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石田さん:『平均律クラヴィーア』を合図に、舞台から出るが、すぐに戻る。ビデオカメラを持ってきた!

Oさん:小林さんの「馬」を見て、その横に何か描きはじめる。かわいらしい小さな馬だ。画家どうしの線が交わっていくのか? と思ったらすぐに戻って、四角いパネルを頭上に抱えて陽の当たる舞台の中心に歩いて出てきた。Oさんが動くと場が大きく変わる感じ。

小林さん:やはり手で描いているように見える。黄色い画面に馬の姿が浮かび上がっていく。野生の馬は近年の小林さんの画題でもある。

【14:23】23分経過

石田さん:ビデオカメラでその場を撮りはじめる。ついに「描く」ことからもはみだした。Oさんと何か話す。

Oさん:パネルを池のほとりに下ろすと、Oさんは石田さんと何か話している。

小林さん:絵を切った!カッターで切り開かれた馬からは、小さな三角形の布が切り取られる。

匡志さんの『平均律クラヴィーア』、終わる。これからどうなるのか、まったくわからない。

【14:25】25分経過

誰も絵を描いていないことに気づく。

Oさん:舞台の中央に置かれた木箱まで歩いていく。この箱、いままでまったくノーマークだった。蓋をとる。厚い革のグローブをはめ、箱の中から持ち上げたのは銀色の金属? 眼鏡を舞台の外へゆっくりと置きに出る、Oさんのペースは舞台上でとても不敵に見える。金属の塊を勢いをつけて持ち上げ、頭に被った。体がぐらぐら揺れている! 重そうだ。

石田さん:一歩、一歩、あるきはじめたOさんを撮影しながら、手を踊らせはじめる。

小林さん:木の棒を手で持てるくらいの三角形に組み合わせている。小さな画布の枠だろうか?

痺れるような絵の予感が張りつめている。

【14:30】30分経過

金属のマスクには眼の穴がなく、目隠しにもなっている。あやうい足取りで舞台上を歩き出したOさんをビデオカメラで追う石田さん、導くように、空中に手を動かしている。小林さんは切り取った布からつくった手持ちのカンバスで、二人をスケッチしはじめる。小林さんはほかの二人と対照的に、ずっと布に向かって描くことしかしていない。

【14:35】35分経過

撮影する石田さん、布に描く小林さん。ふたりはOさんを囲み、見守るっているようでもある。Oさんはマスクをつけたまま、まっすぐ歩けない。ゆっくりと、手を広げてバランスをとっている姿は未知の生物の赤ん坊みたいで可笑しく恐い。すごいシーンに辿りついてしまった。3人はゆっくりと舞台の上を移動してゆく。いつのまにか、画家たちはそれぞれのやりかたで力を合わせている。じつに変わった「共演」ではないか?

【14:40】40分経過

石田さんも小林さんも観客も、そこにいる全員がOさんの危なっかしい歩行に釘付けだ。Oさんは、ときに舞台の縁まで行きすぎて池に落ちそうになりながら、スタートのときに絵を描き始めた場所、柱にたてかけた3枚目の四角いパネルの前に戻る。そのまま、手探りするように、鉛筆で線を描きはじめた。Oさんは線を引き終え、石田さんと小林さんに導かれながら、舞台の中心の箱の上に戻る。マスクから頭を引き抜くと会場から拍手と喝采が起こる。

3人は手を高く挙げ、イベントは終了。

【その後】

舞台は開放され、観客が絵の具を踏まないように飛びはねながら絵を眺めたり作家と話したりしている。絵のうえに入ってみると、舞台の縁で見ていたときにはわからなかったものがちらばっていた。石田さんの抽象的な描線のなかには、巨大な魚や鳥の姿がいくつも隠れていた。

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Oさんが金属のマスクを被って描いたのは「あ!」と何かを見いだして驚いている横顔の、ユーモラスなサインだった。

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小林さんの描いた馬は、近くで見ると今にも躍動しそうだった。同時多発的に激しく生成していった3つの行為と時間は、しかし、画家たちが舞台を去っていったあと、その舞台はまるごと一枚の巨大な絵画になっていた。