石田尚志展 スタッフコラムvol.8 「渦まく光」展潜入レポートno.5

「渦まく光」展手伝いの祢津です。

4月26日、ゲストに詩人の吉増剛造さんを迎え、石田尚志さんとのクロストークがおこなわれました。

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吉増さんは今年の日本芸術院賞・恩賜賞を受けたことも記憶に新しい、日本現代詩を代表する詩人です。そして石田さんとはおよそ25年前の出会いから現在まで、お互いの創作の要となるタイミングで対話とコラボレーションが続いています。石田さんは吉増さんを「作品を観てほしい最大のひと」だといい、吉増さんは「親代わり......いや、おばあさんがわりだなあ」と微笑みます。ホストには、現代アートの牙城・東京都現代美術館から、お二人とも交流の深い藪前知子学芸員。開催中の「山口小夜子 未来を着る人」展をぬけだしてかけつけていただきました。

親子ほど年の離れた画家と詩人、そして気鋭のキュレーターから、いったいどんな話が聴こえてくるだろう?石田尚志という作家と作品について、あるいはこの「渦まく光」という展覧会について、何を教えてくれるのだろうか?レクチャーホールをうめつくした観客の人びとのそんな期待は、ひょっとしたら裏切られたかもしれません。

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撮影:白井晴幸

なぜなら、この昼下がりに起こったできごとは、ふつうトークイベントときいて思い浮かべるようなものとは、随分かけはなれていたのですから。舞台の上には、巨大な絵巻が横たわるように置かれ、仄暗い会場のスクリーンには3台のプロジェクターから映像が層を重ねるようにうつされています。この独特な会場の陣形からもわかるとおり、このクロストークでやりとりされたのは、言葉だけではありませんでした。90分間の名付けがたい体験の一部始終は(参加した方ならきっと納得していただけると思いますが、)その内容を要約できるようなものではありません。

すべて印象的だった場面の、いくつかを抜き出してレポートします。

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対話は、石田さんと吉増さんの出会いからはじまりました。

1990年。高校を中退して東京を飛び出し沖縄に渡った石田さん(そのころはまだ、映像制作ははじまっていません)は、沖縄の詩人の紹介で、東京から展示の為にやってきていた吉増さんと対面します。

10代の石田さんは、描きあげたばかりの渾身の作品を吉増さんに披露します。それは50mのFAX用紙に描かれた巻物状の絵画でした。石田さんは回想します。「絵を観ている吉増さんの姿勢が、とにかく凄かった。」詩人のただならない佇まいに挑むように、若かりし画家は思わぬ頼みごとをぶつけました。

「この絵に、題名をつけてくれませんか。」吉増さんは、てのひらに直接墨汁を溜めて、筆でそれを書いたのだといいます。その直筆のタイトルを、客席に向けてかかげる石田さん。

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『絵馬』

「18歳の石田尚志の、眼が、血走ってたもんなあ。」吉増さんは当時を回想し、「作品をつくることは、あの血走った眼を思い出す、ということなんです。」と石田さんが返します。

ふたりがはじめて会った日、吉増さんが石田さんに贈った絵のタイトルは、もしかすると石田尚志という作家の在り方すらも、決定づけてしまったのかもしれません。

以降、「絵馬」の名前は、石田さんいわく「大切な宿題」として、作品歴に繰り返し登場することになります。本展では《絵馬・絵巻》、《絵馬・絵巻2》が出品されています。

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吉増さんと石田さんは、ここ横浜美術館にも浅からぬ縁があります。

2007年。このブログでも何度か紹介している「水の情景-モネ、大観から現代まで」展。

その連動企画として行われた上映プログラム「水の映画会」で、おふたりは作品を並べることになります。石田さんは4ヶ月間の滞在制作で撮りあげた《海の映画》のラッシュを上映。そして吉増さんもまた、なんと「映像作品」を携えて登場するのです。

《gozoCiné》と名付けられたその映像作品のシリーズは、ビデオカメラを用いた日記であり、風景と思索の記録であり、なにより映像で織られた美しい詩でした。そして会場では《gozoCiné》のスクリーンに向かって作家自身が声を重ね、あたかも活動弁士のように映像とかけあいをするパフォーマンス「uragoe(裏声)ヴァージョン」が披露されたのです。

そして、この日のクロストークの会場にも、「裏声」は響いていたのかもしれません。「水の映画会」の回想を語る吉増さんの背後には、通奏低音のように映写されるヴィデオがありました。その被写体は手書きの詩の原稿、じつに異様な、複雑きわまる原稿です。大きさも色も様々な文字は原稿用紙のマス目をはみ出し、用紙を貼り合わせ、重ね、まるでオブジェのような存在感を放つそれは、3.11以降書き続けられている長大な詩篇〈怪物君〉の紙面。

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撮影:白井晴幸

石田さんは「印刷するとか、本にするとかいう次元を遥かに超えている。」というその詩を「とにかく『読もう。』という覚悟で」、2時間あまりのドキュメンタリー映画を撮ってしまいます。(映像作家・鈴木余位さんとの共作《怪物君》2013年)

詩人・吉本隆明の詩〈日時計〉をもとにした〈怪物君〉は、日々即興的に書かれながら、いまもふえつづけています。「きょうで613枚になった。」吉増さんは映像に語りかけるようにいいます。「面白いもんだねえ。つい最近、原稿用紙の裏側に詩を書きはじめてることに気づいた。(2007年の横浜美術館のパフォーマンスから)8年が経って、あの『裏声』が紙の裏にまわってきたんだよ。面白いねえ。」その声を呼び水に、石田さんも言葉を継ぎます。《フーガの技法》と《渦巻く光》を成立させているものも、紙の裏から当てた照明。「裏側からの光に向かって描いてゆく経験」なのだと。

そうした「裏」を巡るふたりの対話もまた、吉増さんが書き、石田さんが撮った〈怪物君〉の映像への「裏声」に聴こえてきます。

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さまざまな位相を横断しながら加熱してゆくふたりのやりとりを鋭い司会で律していた薮前さんもまた、両作家の共演の仕掛け人でもあります。

2011年。吉増さんと石田さんはパフォーマンスのために東京都現代美術館に招かれます。そのパフォーマンス「Cinéオペラシォン」を企画したのが、薮前さんでした。

「それを観た誰もが衝撃を受け、しかもそれが何事であったかをまったく言語化できませんでした。」と、薮前さんは「Cinéオペラシォン」を回想します。「競演というより、対決......喧嘩しているようにも見えた」という、そんな空気は、まるでこの日のクロストークにもあてはまります。

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撮影:白井晴幸

回想・連想・随想、自在に言葉を繰り出し、時に唄を交えながら語る吉増さんに呼応するように、石田さんは空中に線を描きはじめ、そのまま手持ちのカメラを使って、手のダンスを壁に映します。舞台上の対話はまるでいまにも即興パフォーマンスへと突入してゆきそうな緊張感がみなぎるなか、身振りや、声や、映像、音楽、音、もっと微妙な、空気や視線や気配が交わされ、会場は異様な磁力を帯びていったのです。

薮前さんは吉増さんと石田さんの交差をふりかえっていいます。「ふたりのやりとりから、私たちが知っているものとは全然ちがう芸術史が、うまれうる。」

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こうして、クロストークは喝采のなか終了しました。

ここに書く事ができたシーンはほんの一部であり、そして観た方によってはまた別の場面に共鳴し、ことなる解釈をされたことと思います。その意味は、立ち会った観客の人びとの数だけあるのでは、と感じるのは、blogやSNSに広がっている反響がおどろくほど多様で真剣であるからです。いいかえれば、このクロストークは、なにかをわかりやすく説明・解説・回答する場ではなく、むしろ謎と問いを限りなく増やし、その謎に全員で対峙し、それぞれが持ち帰るための場だったのではないでしょうか。25年前、石田さんが吉増さんから贈られた「大切な宿題」のように............《絵馬》は、吉増さんの詩のタイトルでもあるのです。

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以上3点撮影:白井晴幸

「渦まく光」展は会期の折り返し点を迎えました。5月31日までに、ぜひ横浜美術館へお越し下さい。

(袮津)

本イベントの撮影・舞台設営にご協力いただいた、映像作家の鈴木余位氏、照明・舞台作家の山本圭太氏、写真家の白井晴幸氏、映画作家の西村果歩氏、映画作家の廣田智大氏に心より感謝申し上げます。(横浜美術館)