APT7[アジア・パシフィック・トリエンナーレ]レポート ―キュレーションの新時代?― (主任学芸員 木村絵理子)

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

シドニー、メルボルンに次ぐオーストラリア第3の都市ブリスベンで、3年に一度開催されるアジア・パシフィック・トリエンナーレ(以下、APT)は、1993年の開幕以来、今回で20周年を迎えます。アジアとオセアニア(大洋州)の美術を紹介することを標榜する本展は、福岡アジアトリエンナーレ(福岡市美術館で1980年代より開催されていた「アジア現代美術展」を前身に、福岡アジア美術館で1999年より開催。)や、ホイットニー・ビエンナーレ(ニューヨークのホイットニー美術館で1932年より開催された米現代美術を紹介するアニュアル展を前身に、1973年より隔年で開催。)のように、ある特定の地域に特化して開催される国際展です。
また、ヴェネツィア・ビエンナーレやドクメンタなど、歴史ある国際展や、その後始まった国際展の多くがビエンナーレ専用施設やコンベンションセンター、街中の古い建物などを会場にする一方で、美術館を会場に開催される国際展の一群があります。釜山ビエンナーレは釜山市立美術館、シャルジャ・ビエンナーレはシャルジャ美術館、シンガポール美術館と国立博物館で開催されるシンガポールビエンナーレなどです。今回のAPTは、初回から会場として使われているクイーンズランド州立美術館(Queens Art Gallery)と、前回から新たに会場に加わった別館であるギャラリー・オブ・モダン・アート(Gallery of Modern Art)(以下、GOMA)の2会場で開催されています。

fig1s.jpg
APTの会場、クイーンズ州立美術館(Queensland Art Museum)

fig2s.jpg
APTのもうひとつの会場、ギャラリー・オブ・モダン・アート(Gallery of Modern Art)

特にサブテーマを掲げることはなく、作家は地域のバランスを考慮しながらその時々の社会の動向を反映するように選ばれています。今回は27か国より75作家が選ばれ、一時期マーケットを中心に大きな存在感を放っていた中国勢が少なくなり、代わって東南アジアと南アジアのアーティストが多くなっています。また本展で初めてAPTに登場するイランやカザフスタンなどを含む西アジアは「0-Now: Traversing West Asia(西アジア横断)」と題した展覧会内小企画としてまとまった形で紹介され、同じく初出品となるパプアニューギニアからは、伝統的な手法で彫刻や船などを作る先住民族の職人たちをブリスベンに招聘し、都市文化をモチーフにワークショップを行うといった試みも行われています。

fig3s.jpg
「0-Now: Traversing West Asia(西アジア横断)」展示風景

fig4s.jpg
クイーンズ州立美術館のエントランスで展開するパプアニューギニアの展示

現代美術の展覧会の冒頭で、パプアニューギニアの先住民族による家・船や彫像群が登場するのはやや唐突であり、オープニングイベントの一環として民俗的な踊りを披露するといったプログラムの組み方にはナイーブな印象を拭えませんでしたが、多様な文化・民族が共存するこの地域を扱うにあたり、西洋美術由来の現代的表現だけに特化しないという姿勢には、長くこの地域の美術を扱ってきた美術館ならではの視点が表れているとも言えるでしょう。
今回比較的存在感の薄かった東アジア勢でしたが、日本からは岩崎貴宏、樫木知子、高嶺格、パラモデルの4組が参加しています。岩崎とパラモデルは本展出品作の他に、子供を対象にした展示・ワークショップのプログラムであるKids APTへもそれぞれ2作目を出品、また高嶺格はGOMAの中央エントランス脇で大型の映像インスタレーション《FUKUSHIMA-Esperanto》(2005年に横浜トリエンナーレで発表された《鹿児島エスペラント》の構造を展開し、アイゼンハワー大統領による「原子核の平和利用」の演説音声とテキストをモチーフにした作品。)を発表しています。

fukushimaesperantos.jpg
高嶺格《FUKUSHIMA Esperanto》(2012)

全体に、絵画、立体物、シングルチャンネルの映像作品などが多い中で、パラモデルや高嶺格による一過性の大型インスタレーションや、岩崎貴宏の《Out of disorder (Under Construction)》のように、クイーンズランド州立美術館のコレクション展の中に介入していくような、その場所や空間に強く依存する展示を行った作家は珍しく、彼らの空間と作品の関係に対する繊細な感覚は他と一線を画した日本の特徴として映るものでした。

fig6s.jpg
岩崎貴宏《Out of disorder (Under Construction)》(2012)はエントランスホール付近に設置された望遠鏡から、コレクションの展示室に紛れ込ませた作品を覗き見る
   
さて、こうした展示自体の特徴以上に、APTを他の国際展から際立った存在にしている理由は、その組織体制や企画運営のシステムにあると言えるでしょう。今回はAPTを特徴づける要因「なぜ美術館で国際展を開くのか?」「なぜ特定の地域に特化していくのか?」、こうした問いに対するAPTの明確なビジョンについて紹介したいと思います。
   
   
――なぜ美術館で国際展を開くのか?
国際展に限らず、美術館で展覧会を開く最大の利点はファシリティにあります。新築であれ古い建物を改築した美術館であれ、基本的に24時間空調により温湿度管理が行き届き、壁や照明、来場者のための搬入経路など建物の構造が美術作品を展示公開する上で妨げにならないようために設計されている美術館で展覧会を開催することは、何よりまず作品の安全性、および来場者の利便性という点で理に適っています。また、美術館のキュレーターだけでなく、様々な部門で働くスタッフが関わっている場合、会期中の運営は「展覧会がただ滞りなく開かれている」というだけに留まらない、より豊かな内容になり得るでしょう。その一つがKids APTの試みです。
   
   
――国際展は誰のものか?Kids APTの例
APTで継続的に取り組まれているプログラムに、子供たちに向けた「Kids APT」があります。子供を対象にしたワークショップや鑑賞プログラムを実施している展覧会は珍しくありませんが、APTで特筆すべきは、一部の作品展示が予め子供を対象にして作られているという点にあります。日本のパラモデルや岩崎貴宏のように、出品作家の一部は通常の「鑑賞のための」作品展示に加えて、子供に特化した二つ目の展示(多くは参加型の作品)を要請されています。通常の展示がキュレーター中心に作られていくのに対して、KidsAPTの展示はエデュケーションチームのスタッフが中心になって企画されます。通常の展示とKids APTの展示は、規模においてほとんど違いはないどころか、むしろインドネシアの若いアーティスト集団トロマラマの例のように、通常の展示は壁のモニター1台なのに対し、Kids APTの作品は、アニメーション制作のプロセスを紹介する映像、モチーフとなった素材に対する理解を促すようなしつらえの奥に完成作品を展示するといった「大人向け」の展示をはるかに超える大掛かりな規模である場合もあります。

fig7ss.jpg fig8ss.jpg
パラモデルによる展示
左:通常の展示では複数の作品を組み合わせたインスタレーションを展開
右:Kids APTのためには《パラモデル・ジョイント・ファクトリー》(2012)を制作、子供たちもプラレールで自由に遊ぶことができる

fig9ss.jpg fig10ss.jpg
トロマラマの通常の展示ではそれぞれモニターがあるだけなのに対して、Kids APTのための展示《Whattt?!》(2010)は大がかりなしつらえが用意されている
   
こうした展示は来場した家族連れ、学校単位での鑑賞会など、個人から団体まであらゆる来場者に開かれています。この美術館に限らず、地域に根ざした公立美術館の場合、多くは日頃から近隣の学校と連携し数多くの団体受け入れや鑑賞プログラムを実施していることが多くあります。そうしたスタッフのノウハウやネットワークが数年に一度の大型イベントに活かされ、さらに日常的には難しい展示事業へも拡大することができるのは、やはり美術館ならではの利点と言えるでしょう。
さらには通常の展示作品にも介入していくように、子供に向けて壁の低い位置に平易な英語で書かれた作品解説も同プロジェクトの一環として付してあります。一般向けの解説が事実関係を記すことに力点が置かれていることに対して、子供向けの解説は作品を見る上での視点――作家の考えはどこにあるのか、どこに注目すべきか。――が簡潔に記され、自発的に作品を読み解く鑑賞の助けとなるよう書かれています。これらのプログラムの重要なポイントは、鑑賞会やワークショップのように限られた人(子供)ではなく、全ての来場者(大人も含む)に作品や解説が開放されている点にあるでしょう。子供に向けた平易な英語による解説は、英語を母国語としない外国人にもアクセシビリティを拡大し、子供に向けて作品制作のプロセスを開示するような展示は、大人にとっても興味深い鑑賞の対象となります。(またアーティストにとっても、普段なら見せたくないはずの制作プロセスを開陳することに対して、Kids APTという枠組みを通すことで別のモチベーションを見つけるきっかけになるかもしれません。)
   
   
――展覧会のバランス感覚
Kids APTの例だけでなく、APTの展示全体に通底しているのは、徹底した組織力とバランス感覚です。APTでは1999年以降、外部キュレーターを原則的に置かず(今回は美術館内に専門家がいない西アジアのセクションとパプアニューギニアの作家を招聘するプロジェクトにのみ外部キュレーターが加わっています。)、常に美術館のキュレーター会議を通じて合議で物事が決定されていくといいます。(サブテーマについては、公式に掲げることはないものの、内部的な指針としてはあるようです。)
さらにAPTを特徴付ける要素の一つに、美術館のコレクションとの関係があります。これは既に所蔵している作品のことではありません。美術館の基本的機能である作品を後世に伝えていく行為を、APT開催の意義として予め掲げ、美術館がAPTを新たな作品収蔵の機会としているのです。
現在開催中のAPT7に出品されている作品のうち、約1/3はクイーンズランド州立美術館の所蔵であることが開幕の時点で明記されています。それは2011年のヨコハマトリエンナーレで横浜美術館のコレクションを多数出品したのとは異なり、APT7のために予め購入された新収蔵作品です。別の言い方をすれば、クイーンズランド州立美術館では、日常的なコレクション形成活動のお披露目の場として、APTを位置づけているのです。
   
   
――キュレーションの新時代
 さて、冒頭で掲げた2つの問い「なぜ美術館で国際展を開くのか?」「なぜ特定の地域に特化していくのか?」のうち、1つ目については上に紹介してきたような展覧会の質だけに留まらない層の厚い運営が答えとなっているでしょう。では2つ目の問いに対する答えについては、現在ニューヨークのニューミュージアムで開催中の企画展「NYC 1993: Experimental Jet Set, Trash and No Star」を例に挙げて比較することで締めくくりたいと思います。
この企画展は、今から20年前の1993年のニューヨークに焦点をあてて、その頃活動していた作家たちがまさに1993年に制作した作品だけを集めたものです。2010年の光州ビエンナーレを成功させたことで一躍知られるようになったマッシミリアーノ・ジオーニにより企画された本展には、マシュー・バーニー、マウリツィオ・カタラン、マイク・ケリー、ナン・ゴールディン、フェリックス・ゴンザレス・トレス、アニー・リーボヴィッツ、シンディ・シャーマンなど、表現手法も作風もテーマも異なる多数の作家が入り乱れています。本展を繋ぐのは、ただ「1993年のニューヨーク」という緩い括りと当時流行っていたソニック・ユースのアルバムタイトルが喚起する時代のイメージだけ。しかし、一見無作為に抽出されたサンプルのような作品群は確実に当時の時代の空気―蔓延するエイズ、セクシャル・マイノリティたちへの偏見とそれに対する抵抗、冷戦後のグローバリズム台頭とその反動など―を想起させ、そうした空気の中でどうアーティストたちが表現活動を行ってきたのかが鮮やかに立ち上がってきます。それは一時期強力なキュレーターが牽引した強固なコンセプトの下にまとめ上げられた展覧会とは異質の、鑑賞者による自発的読解を促すような組み立て方とも言えるでしょう。同展に際して刊行されたカタログには、フランチェスコ・ボナミやニコラ・ブリオーらのテキスト、ハル・フォスターにロザリンド・クラウスなど当時の美術思想を支えた人々の対談などが収録され、多角的に当時の美術を読み解く試みがなされています。
「アジアと大洋州」という緩い括りの下、サブテーマを設けないというAPTの姿勢もまた、「NYC-1993」とよく似た構造をしています。あるいは昨年開催されたドクメンタ13にも、特定のコンセプトや思想に依らない姿勢が見られました。ある単一のコンセプトの下に多様な作家の活動を一括りにすることがいかに暴力的な行為であるか(作品が扱うテーマが繊細な問題であるほどにそれは際立ちます。)を認識した上で、ある作家と作品を選ぶ。そのことによってコンセプトを前面に出さずとも一定の空気が醸成されてゆく。APTが発足した時点ではこうした考えは無かったかもしれません。しかし現在、そうした展覧会の組み立て方が生まれつつあることは、新たなキュレーションの方向性を示す一例とも映りました。
   
   
   
プロフィール


木村絵理子(きむら・えりこ) 横浜美術館主任学芸員

横浜美術館で開催される現代美術展を一手に担うキュレーター。2012年は奈良美智展において、現代美術では異例の16万人の来場者数記録を出したところ。一筋縄ではいかないアーティストたちを束ねてきた高いコミュニケーション能力は、多くの関係者、アーティストからの厚い信頼の源となっている。次々と降ってくる大量の仕事をこなす傍ら、世界各地に広がるネットワークを駆使し、展覧会、国際展、アーティスト調査を着実に進めている。横浜美術館歴代の現代美術担当らしく(?)、食べること、飲むことは大好きな模様。
現在、シンガポール美術館(Singapore Art Museum)との共同による企画展「Welcome to the Jungle 熱々!東南アジアの現代美術」(2013.4.13-6.16)を準備中!2014年にはもうひとつ大きな仕事が待っている。

主な仕事
「開館15周年記念展 イメージをめぐる冒険―AND?それともVS?」(2004)
「森村泰昌―美の教室、静聴せよ」(2007)
「GOTH -ゴス-」(2007
「金氏徹平:溶け出す都市、空白の森」(2009)
「束芋:断面の世代」(2009)
「高嶺格:とおくてよくみえない」(2011)
「奈良美智:君や 僕に ちょっと似ている」(2012)
その他
「横浜トリエンナーレ2005」(2005)
「Kuandu Biennale 2008」(2008) ゲスト・キュレーター
「Busan Sea Art Festival 2011」(2011) 日本部門招待作家コミッショナー