ベップアートプロジェクト・レポート(主任学芸員 木村絵理子)

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たとえばちょっと遠くの土地へ、皆さんが展覧会や芸術祭を見に行こうと思い立つ時、たくさんの選択肢の中から「これだ!」と決める要因は何でしょう?
好きな作家が出品しているから?チラシやウェブサイトが素敵だったから?信頼できる人が薦めていたから?あるいはその街に行ってみたいと思っていたから?

また別の視点から。

ある展覧会や芸術祭の満足度とは、どこで決まるものでしょう?
素晴らしい作品に出逢って感動した時、という当然の答えはさておき、主催者が考えるべきホスピタリティとは何?
チケット代に対する作品の物量という費用対効果?あるいは、充実した内容の解説などを通じて作品への理解が深まるような行き届いたサービス?
美術館の展覧会も、地域で展開する芸術祭も、公的な資金を受けて継続性のある事業を展開しようとする場合は常に、その事業内容の公共性が問われます。それぞれの主催者は個々の作品への配慮と同じくらいに、あるいはそれ以上に、来場を促進するための広報戦略と、次へ繋がるような顧客満足度への配慮が要請されています。


日本一の源泉数と湧出量を誇る別府温泉。古くは万葉集にも記述が見られる歴史ある土地です。最盛期の勢いは陰りを見せたとはいえ、週末ともなれば羽田から大分への飛行機はほぼ満席というくらいに、今なお訪れる人の多い観光地である別府を中心に、この秋3つのアートプロジェクトが開催されました。

「混浴温泉世界2012」、「ベップ・アート・マンス2012」、「国東半島アートプロジェクト2012」。

3つのプロジェクトは、いずれもNPO法人BEPPU PROJECTを中心に運営される芸術祭で、それぞれが簡単に以下のような特徴を持っています。 
  
「混浴温泉世界2012」
・別府市内で3年に1度開催される芸術祭。(今年は2回目)
・2012年は8つの国際的なアーティストによる比較的規模の大きなプロジェクトを実施。場所(会場)を特定せずに市内全域で展開。

PROJECT 01 廣瀬智央
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朝見川河口近くの要所として栄えた花街跡で、古い長屋を改装・再生するプロジェクト。
長期利用を前提にしたプラットフォーム作りが行われた。併せて、手つかずのまま朽ちていこうとする空間にかぼすの植木鉢を置いて鑑賞者を誘導、空間に残された街の歴史に目を留めさせようとした。

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廣瀬作品に隣接するコミュニティ・スペース「浜脇サロン」では、かぼす水のサービスも。


PROJECT 02 楠銀天街劇場
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アーケードの空き店舗や周辺空間に廃材などを利用したインスタレーションを設置。それらを「劇場」に見立てて会期中にダンス・パフォーマンスなどを開催。


PROJECT 03 シルバ・グプタ
かつては飲食店があった商店街の雑居ビルの地下に数千本のマイクを持ち込み、マイクをスピーカーとして(集音のためのマイクは構造的にスピーカーの役割を果たすこともできる)利用、暗闇の中のサウンドインスタレーションを展開した。また、鉄輪地区では温泉旅館の屋上にネオンサインによる作品を発表。


PROJECT 04 混浴ゴールデンナイト!
元ストリップ劇場をみかんぐみがリノベーション。日中は再生の過程を追った展示とバックヤードを公開、夜間は様々なアーティストが集うライブパフォーマンス「混浴ゴールデンナイト!」を開催。


PROJECT 05 アン・ヴェロニカ・ヤンセンズ
市街地の中心にあるトキハ百貨店の今は使われていない1フロアを使って、霧と光のインスタレーションを展開。


PROJECT 06 クリスチャン・マークレー
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別府湾に突き出す桟橋に火と水のイメージをあしらった100本の幟を設置。幟に下げられた鈴が潮騒と相まって心地よいサウンドを生み出すインスタレーション。
  
  
PROJECT 07 小沢剛
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街のシンボルとして海岸近くに建つ別府タワー。その側面にある「アサヒビール」の電飾広告を素材に、6つの文字の順番を並べ替えることで10か国以上の言語が入り混じる歌を作詞。音楽家の安野太郎が作曲し、電飾と歌声が連動する。
  
  
PROJECT 08 チウ・ジージェ
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温泉と竹(竹細工はこの地方の伝統工芸であり、高温の源泉を冷ます装置にも使われてきた。)というこの地域に特徴的なモチーフを使って、大型の竹細工による立体作品を発表。
  
・1回展で恒久設置となった作品や、リノベーションにより生まれ変わったスペースも継続して活用。2回展で新たに加わったリノベーション物件も今後活用されることで継続性が期待される。
  
  
「ベップ・アート・マンス2012」
・別府市内で毎年開催される登録型の市民文化祭。
・2012年は123団体による149プログラムを開催。各イベントの企画・実施は参加団体の自主運営に任されている。
・恒常的に運営されている空間Platform01-08や、清島アパートなどでは、限定的に日常的に自主的な活動が行われている団体・会場が含まれ、現代美術ファン層にもアピールする内容を含む。

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清島アパート外観(前回の混浴温泉世界以後、継続的にアーティストが滞在、自主運営によるプロジェクトを実施している。)

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清島アパートでオープニングに併せて開催された眞島竜男による天ぷらパフォーマンス。

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Platform02では、混浴温泉世界オープン時、40歳未満の作家を対象とするBEPPU ART AWARDの受賞作家加瀬才子の受賞展「Life-time Project」が開催された。
  
  
「国東半島アートプロジェクト2012」
※筆者が訪れた10月初旬の時点ではプレ・オープンのバスツアーのみ実施。
・別府市から離れ、国東半島全域に広がりを持つ今年新たに始まったプロジェクト。
・アーティストの滞在制作を通じて、奈良時代まで遡る山岳仏教や神仏習合文化の歴史的遺産、豊後灘に臨む豊かな自然を含みつつ「作品」として紹介していく。

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飴屋法水他によるバスツアー型プロジェクトの説明。

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室町時代の荘園の様子を現在まで伝える国東半島の田園風景。
  
  
  
行われているのは、作品展示あり、パフォーマンスやレクチャーあり、滞在制作ありと様々です。ただし作品のボリュームは、「混浴温泉世界」は8プロジェクトと少なく、半日あれば見て回れる程度。
「ベップ・アート・マンス」の中の主要な現代美術のプロジェクトと合わせても、1日で十分。これに「国東半島アートプロジェクト」を1日足しても、丸2日間あればストレス無く作品を楽しむことができます。重たくて分厚いガイドブックなどなくても、各所のスタッフからゆっくり話を聞くことができ、5日あっても足りないドクメンタや、広大な地域にひろがる新潟や越後妻有のように地図を握りしめて動き回る必要はなく、日帰り温泉に浸かり美味しい食事をゆっくりいただき、のんびり見て回ることが可能です。

プロジェクトの中には、小沢剛やクリスチャン・マークレーのように一過性の展示やパフォーマンスもあれば、廣瀬智央のように長期的なスペース活用を睨んだ古民家のリノベーションなどを含むものもあり、数は少なくともバリエーションは豊かです。毎夜開かれるパフォーマンスや週末毎のイベントも時間の重複ができるだけ無いようにプログラムが組まれている行き届いた心遣い。
国東半島アートプロジェクトについては、筆者はオープニングのプレイベントとして実施されたバスツアーに参加しただけなので、詳細を語ることはできませんが、進行中のプロジェクト(飴屋法水によるツアー型パフォーマンスや古民家のリノベーション等)の準備過程を横目に見つつ、山岳密教や神仏習合の歴史遺産と豊かな自然に触れるだけでも、その行きづらさを考えると「バスツアー」という形式は極めて正しい選択です。
  
さてここで再び冒頭の疑問に戻ります。
私は2泊3日の別府滞在に満足し、自信を持って他人に薦めるでしょうか?
残念ながら今年のプロジェクトは会期終了してしまいましたが、次回機会があればぜひおススメします。ただし、現代美術に対して貪欲な知識欲を持つ人には、「ゆっくり温泉に浸かってきたら?」という言葉を添えて。
  
  
本コラムの冒頭を飾ったドクメンタには、100日間の会期中86万人の入場者がありました。(チケットの販売数に基づく公式発表。この他内覧会や会期中に訪れたプレスや美術関係者が1万2千人。)
ドクメンタが開かれるドイツ・カッセル市の人口は現在約20万人。実に市の人口の4倍以上の人が展覧会を見るためにカッセル市を訪れたことになります。
正直、際立って風光明媚でもなく、料理が美味しいわけでもないドイツの田舎町で、お世辞にも「わかりやすい」「楽しい」とは言い難い現代美術作品が並ぶ巨大な展覧会に、これだけの人が集まり続けるということ。そこには「ドクメンタ」の歴史的な信頼性(ブランド力)があると同時に、一人の作家や特定の作品によるものだけでない「展覧会」という存在自体が、何か人を惹きつけてやまない潜在的な力を持っていると言わざるを得ません。
このコラムでご紹介してきたような芸術祭は、こうした展覧会の魔力を見込んで、作品を通じてある街や地域の魅力を発掘・再生しようとする側面もあります。

では別府のプロジェクトもそうかというと、一部の作品には同様の傾向を見出すことができるものの、プロジェクト全体を見渡すと少し趣が違います。冒頭でも書いた通り、別府は往時の勢いを失ったとはいえ立派な観光地。おもてなしという付加価値によって多数の旅館がしのぎを削り合ってきた土地です。ベップアートプロジェクトの最大の魅力と特徴は、まさしくこの「おもてなし」をどう実現するか、その一点で全てがプロデュースされていると言っても過言でないでしょう。
NPO法人BEPPU PROJECTは、アートプロジェクトの企画運営だけでなく、日常的に無料のガイドブックを全国で配布して別府の魅力をPRし、時には旅館のリノベーションとブランディング、ウェブサイト制作を手がけるなど、街全体でお客さんの満足度を高める仕掛けを作っていこうとしています。ベップアートプロジェクトは、作品発表だけで完結することなく、出発前の高揚感の演出に始まり、作品鑑賞後の食事や宿を含めた旅のあり方そのものを提案するプロジェクトと言えるでしょう。
  
  
プロフィール


木村絵理子(きむら・えりこ) 横浜美術館主任学芸員

横浜美術館で開催される現代美術展を一手に担うキュレーター。2012年は奈良美智展において、現代美術では異例の16万人の来場者数記録を出したところ。一筋縄ではいかないアーティストたちを束ねてきた高いコミュニケーション能力は、多くの関係者、アーティストからの厚い信頼の源となっている。次々と降ってくる大量の仕事をこなす傍ら、世界各地に広がるネットワークを駆使し、展覧会、国際展、アーティスト調査を着実に進めている。横浜美術館歴代の現代美術担当らしく(?)、食べること、飲むことは大好きな模様。
現在、シンガポール美術館(Singapore Art Museum)との共同による企画展「Welcome to the Jungle 熱々!東南アジアの現代美術」(2013.4.13-6.16)を準備中!2014年にはもうひとつ大きな仕事が待っている。

主な仕事
「開館15周年記念展 イメージをめぐる冒険―AND?それともVS?」(2004)
「森村泰昌―美の教室、静聴せよ」(2007)
「GOTH -ゴス-」(2007)
「金氏徹平:溶け出す都市、空白の森」(2009)
「束芋:断面の世代」(2009)
「高嶺格:とおくてよくみえない」(2011)
「奈良美智:君や 僕に ちょっと似ている」(2012)
その他
「横浜トリエンナーレ2005」(2005)
「Kuandu Biennale 2008」(2008)ゲスト・キュレーター
「Busan Sea Art Festival 2011」(2011) 日本部門招待作家コミッショナー