釜山ビエンナーレレポート(展覧会コーディネーター 庄司尚子)

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韓国は今年、ビエンナーレ・イヤー。
9月、4つの現代美術の国際展が開幕しました。アジア最大級の規模を誇る光州ビエンナーレを皮切りに、メディア・アートの国際展、メディア・シティ・ソウル、写真・映像作品に着目したテグ・フォト・ビエンナーレ、そして「釜山ビエンナーレ」(2012.9.22-2012.11.24)。この中で今回の釜山ビエンナーレでは、通常アーティスティック・ディレクターを中心にすすめられる展覧会の企画に市民が積極的に関わっています。
 
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釜山ビエンナーレのメイン会場である釜山市立美術館。美術館のファサードをすっぽりと覆うこの装飾は一体...。答えは本文をご覧ください
  
横浜トリエンナーレでも、展覧会そのものへのサポーターの関わり方については毎回課題となるところです。市民がどのような形で展覧会企画に取り組み、それらがどのように形となったのか、展覧会のオープニングにあわせ、釜山ビエンナーレ2012を調査しました。
 
韓国南東部に位置する釜山。貿易港を中心に発展してきた韓国第2の都市です。人口約340万人、観光スポットも多くあり、毎年秋に開催されるアジア最大級の映画祭、釜山国際映画祭(BIFF, Busan International Film Festival)など文化イベントも数多く開催されており、釜山ビエンナーレもそのうちのひとつです。
海辺の美術展として地元作家が中心となって立ち上がったシーアートフェスティバルや行政主体によるパブリックアート展である釜山屋外彫刻展といった先行するアートイベントをふまえて、釜山ビエンナーレの前身である釜山国際芸術祭(PICAF, Pusan International Contemporary Art Festival)が1998年にスタート、2002年に名称を釜山ビエンナーレに変更し第1回展が開催され、ビエンナーレとしては今回6回目の開催となります。前回、2010年の第5回展では、インディペンデント・キュレーターの東谷隆司氏(*)が外国人としてはじめてアーティスティック・ディレクターを務め、話題となりました。
 
第6回となる今回展のアーティスティック・ディレクター(以下、AD)は、2007年に開催されたドクメンタ12の総合ディレクター、ロジャー・ビュルゲル(Roger M. Buergel)氏。「ガーデン・オブ・ラーニング(Garden of Learning)」をテーマに19か国、41組のアーティストによる約200点の作品が展示されています。主会場である釜山市立美術館のほか、釜山市文化会館、広安里ビーチ近くの遊園地Me World、釜山鎮駅(現在は廃駅)が会場となっています。
 
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地下鉄「市立美術館駅」出口に設置された釜山ビエンナーレの看板。メインビジュアルはパリを拠点に活動するデザインユニット「VIER5」が担当している
 
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美術館入ってすぐのエントランスに設置された韓国のアーティスト、Sung Hyo-Sookの作品《Three in the Morning》。釜山市内にあり、韓国で最も古い造船場の重工業に携わる労働者たちの靴に、喪の儀式などに使われるカラフルな紙の花を飾っている
 
今回展のテーマについて、ビュルゲル氏はカタログやインタビューの中で、自身が外国人として釜山や韓国をより深く理解するために、また人々がビエンナーレに何を求めているかを探るために、人々との交流の場としての「Garden of Learning(学びの庭)」という言葉を使ったと語っています。これはテーマではなくあくまでも方法であると定義し、釜山在住者を中心に約80名の市民や専門家からなるラーニング・カウンシル(Learning Council、以下LC)という勉強会を結成し、人々との対話を通して展覧会の方向性を定めていきました。この手法はビュルゲル氏がドクメンタ12で用いたキュレーションの方法に近いものです。人々とともに学び、対話を通してその土地の歴史、政治、内包する問題を探り出す。またアーティストとの交流の中から、新たな価値観を見出す。言語の異なる国でビュルゲル氏がこの手法に取り組むことにしたのは、もともと釜山ビエンナーレがシーアートフェスティバルのような市民主体のアートイベントにその起源をもっていることも理由の一つでしょう。キュレーターチームのほかに専門の教育プログラムチームを組織し、何度も会合を行い、またウェブも活用しながら、自らが企画するメイン展示「Garden of Learning」に人々の意見を反映していきました。
 
「Garden of Learning」は地下1階地上3階の釜山市立美術館の全館を使った展示です。出品作家は41組。決して多くはありませんが、アジア、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカと世界各地から、下は20代から上は80代まで、また男女比も2:1と幅広く選出されています。いわゆるビエンナーレ、トリエンナーレアーティストというよりも、着実にキャリアを積み重ねているベテラン、今取り上げるべき重要な中堅作家、注目の若手、そして地元韓国のアーティストをバランスよく丁寧に取り上げているという印象です。日本からは東松照明と高嶺格の2名が選出され、いずれも旧作や近作を出品しています。
 
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東松照明《おお!新宿》(1969)の展示風景
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高嶺格《ベイビー・インサドン》(2004)の展示風景
 
作家や約200点におよぶ作品の選択は主にADが行っていますが、LCの意見は展示方法などに反映されています。たとえば、美術館のイメージを変えるために建物自体を工事用の足場とシートですっぽり包んでしまうアイディアは、常に市内の各所で大規模な開発計画が立ち上がり、工事が続く釜山の現状についてLCから出された意見を基にしています。
 
展示内容は絵画、立体、映像インスタレーションが主で、巨大なオブジェやサウンドアートやメディア・アート、パフォーマンスなど、近年の国際展には欠かせないライブ感の強い表現はあまり見られませんでした。旧作中心のどちらかといえばオーソドックスな作品が並ぶ中で、印象に残ったのは釜山で滞在制作を行ったアーティストたちの作品でした。韓国の風習や日常生活に着目した映像や、釜山という都市の持つ歴史を象徴するようなオブジェや写真、そしてウェブを介して発信されるアーティストと人々との対話。表現も内容も多岐にわたるこれらの作品は多くはLCとの共同制作や協力により生まれたものであることがカタログテキストに記されています。展覧会初日ということもあり、会場には作品に関わったと思われる関係者も訪れていました。
 
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イギリスのイモージェン・ステッドワーシー(Imogen Stidworthy)は韓国のシャーマニズム、ムーダン(巫堂)に着目し、実際に巫女に取材した映像と儀式に使う道具によるインスタレーションを発表。知られざる現代韓国の一面を視覚化した
 
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建築や環境をテーマとした作品制作を行っているメアリー・エレン・キャロル(Mary Ellen Carrol)は釜山市内のアパートの一室と美術館の展示室をインターネットでつなぎ、アパートの中で行われるさまざまな出来事をパブリックな場にひらいてゆくプロジェクトを実施した
 
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韓国のアーティスト、キム・サンドン(Kim Sangdon)は釜山の市井の人々の暮らしと民主化運動時代の記憶をテーマに撮影した映像作品《ソルヴェイグの歌》など、映像作品2点を写真やドローイング等と共に展示
  
  
  
他の会場である、釜山市文化会館や、海岸近くの遊園地Me World、釜山鎮駅の駅舎では、「Outside of Garden」という特別展示として位置づけられ、9名の若手キュレーターによる9つの小企画展が開催されていました。「The Bucket List(死ぬまでにしたいこと)」「The Cityscape as Still Life: Describing Busan with Three Cameras(静物としての都市風景:3つのカメラでとらえた釜山)」など、個別のタイトルを冠したそれぞれの企画展は、ADの指導のもと実現したもの。こちらは本展と趣きを異にし、市民プロジェクト、インスタレーション、イベントなどライブ感のある展示も見られました。
 
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「Outside of Garden」の会場の一つである釜山市文化会館。普段から様々なパフォーマンスや展覧会が開催されている。2008年から釜山ビエンナーレの特別会場になった
 
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「Outside of Garden」の会場の一つである釜山鎮駅の駅舎。この会場では、釜山の成長と近代化に重要な役割を果たした釜山鎮駅の歴史や記憶を再現した「Mobile Museum」というタイトルの展覧会が開催されていた
  
  
地元の若手作家ばかりでなく、ヨコハマトリエンナーレ2011に出品したハン・スンピルやシガリット・ランダウのようなキャリアのあるアーティストも出品していました。小規模な展示でしたが、若いキュレーターにとっては大舞台でのキュレーションの経験が学習となったであろうし、内容もテーマに適ったものといえるでしょう。
 
「Garden of Learning」は市民によるビエンナーレを作る、という意気込みが感じられる魅力的なタイトルであり、テーマであったと思います。特に今回は教育プログラムが重要な位置を占めており、ガイドツアーやデジタルツアーなど、鑑賞ツールが用意されていたほか、パネル・ディスカッションやシンポジウム、市民によるアートイベントを統合した「アーバン・スクエア」プログラムを通して、ビエンナーレを人々に開くためのさまざまな取組がなされていました。
 
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左:オープニング初日、美術館のなかでは会場運営のボランティアさんへ説明会が行われていた
右:一般向けのガイドツアーに多くの市民が参加していた
  
  
展覧会としては強く印象に残る作品が少なく、展示技術の未熟さもあり、国際展としてのみならず通常の企画展としても、正直物足りなさを感じました。展覧会を作る過程そのものが重視されるあまり、結果として展示内容を充実させることや展示としてのクオリティを高めることまで至らなかったと言うこともできるかもしれません。これは今後の釜山ビエンナーレの課題でもあると思います。
ただ、展覧会には初日の朝から親子連れから老若男女まで大勢の市民が訪れていましたし、隣接する会議場で行われたオープニングレセプションにも多くの市民が列席し、ビエンナーレに対する人々の期待の大きさを感じました。
 
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展覧会のオープニングレセプションの様子。釜山市立美術館に隣接する国際展示場BEXCOで開催された。設置された大きなモニターに映るのが今回のADであるロジャー・ビュルゲル氏
 
今回参加した人たちの中から、もしかすると次の釜山ビエンナーレを支える人材が育っていくかもしれない。一定期間をおいて継続的に開催される国際展は、単なる集客イベントではなく人を育てる場でもあるべきだと、今回の調査で感じました。
   
   
   
(*)東谷隆司氏は2012年10月16日逝去されました。最後の大きな仕事となった釜山ビエンナーレ2010で、釜山に暮らし、コミュニティにどっぷりつかりながら展覧会をつくったとにこにこしながら話していたのが昨日のことのようです。謹んでご冥福をお祈りいたします。
 
釜山ビエンナーレ2010
総合テーマ「Living in Evolution」テキスト
http://www.art-it.asia/u/admin_ed_columns/DfnIwOAjpBJvMQxbUGcZ
   
   
   
プロフィール


庄司尚子(しょうじ・なおこ) 横浜美術館展覧会コーディネーター

横浜美術館が青春の汗と涙に溢れた伝説の滞在制作プログラム「AIMY(エイミイ)」や、館内各所に若手アーティストの作品を展開させた「NAP(ナップ)」を支え、横浜から若手が羽ばたく姿を見つめてきた(現在も見つめている)アーティスト育成のスペシャリスト。その明るさ、タフさ、フットワークの軽さと、作家と作品を愛する心で現場を盛り上げ展示をつくる。この勢いが「ヨコハマトリエンナーレ2011」における美術館展示の礎となる。紹興酒のチェイサーはビール、合気道は黒帯。アーティストを目指す学生さんは、この顔をみかけたら、並々ならぬ厳しさ覚悟で自己アピールをすべし。
鎌倉生まれ。鎌倉在住。現在、「はじまりは国芳―江戸スピリットのゆくえ」(11/3-2013.1/14)、「ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家」(2013.1/26-3/24)と、2013年度春まですべての展覧会を担当中。

主な仕事
創造活動支援プログラム
『アーティスト・イン・ミュージアム横浜 (AIMY)』(2005-2009)
『New Artist Picks (NAP)』(2007-2008)
「横浜美術館 with バザール」(2008)

その他
「ヨコハマトリエンナーレ2011」(2011)