北海道調査レポート(主席学芸員 天野太郎)

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学芸員の調査とはどのようなものでしょうか?
例えば、展覧会の準備のためであり、すでにその枠組み(テーマや出品作家等)が決まっているときは、具体的に作品の出品交渉や、作家と交渉をするのが一般的です。また、これから展覧会そのものを企画する時は、特に現代美術のグループ展となると、まず、そのテーマを決める必要があります。このテーマを決めるのは、普段様々な美術や文化の動きや、そればかりでなく政治や経済の動向も知る必要があります。というのも、現代美術は、世界の動向そのものを視野に入れた作品が多いからです。とは言っても、世界中を普段から駆け回る時間的な余裕も予算的な余裕もありません。限られた条件の中で、最新の動向にたいして問題意識を持って探る必要があるのです。

さて、今回私の調査は、7月の上旬に実施したもので、二つの目的を持って行いました。一つは、「アートと地域」というテーマ。もう一つは、「美術と市場」というテーマです。


アートと地域

「アートと地域」については、北海道の三笠市で行なわれている同市出身のアーティスト、川俣正(横浜トリエンナーレ2005のアーティスティック・ディレクターでした)によるプロジェクトを調査しました。

では、なぜ「アートと地域」というテーマについて今調査する必要があるのでしょう。実は、こうしたテーマが声高に叫ばれるようになったのは、せいぜいこの7、8年のことです。今では、横浜市も含め多くの自治体が創造都市を標榜する都市戦略・まちづくりに取り組んでいます。国もまた文化芸術創造都市推進の一環として、文化芸術創造都市モデル事業等を実施し、文化芸術の持つ創造性を、地域振興、観光・産業振興、福祉、教育等に横断的に活用し、自治体、市民団体(文化ボランティア、アートNPO等)、地域の民間企業等が協働して、地域課題の解決に取り組む先駆的かつ多様な取組みを支援しています。またこうした取組みが、地域課題の解決にどのような効果を上げたのかを評価・分析することにより、我が国における多様な文化芸術創造都市モデルの構築につなげるというわけです。

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前回のコラムでも紹介された越後妻有アートトリエンナーレにおける廃校の体育館を使った川俣のプロジェクト(2012年度のみ)。越後妻有アートトリエンナーレも日本における地域振興を目的としたアートプロジェクトの先駆け


アート=美術は、美術館とか画廊の専売特許だった時代から、地域社会にそのプレゼンスを求めはじめました。こうした傾向や考え方が生まれた背景として、大量生産・大量消費の工業化社会から先進国における脱工業化社会、つまり情報化社会へのシフトを挙げることができると同時に、少子高齢化社会への本格的な突入の時代を迎えていることもまた、見逃せません。良く例として挙げられるのは、少子高齢化が進む中、地方都市では高齢者の占める割合が人口に比して20%に迫ろうとしています。これからその数字は右肩上がりになることは良く知られています。高齢者が増加し、次世代の担い手=子どもの人口の激減は、地域社会の崩壊を意味します。そこで、アートおよびアーティストが、そうした地域に参画、参入することで、地域社会の再生を目指す取組が行なわれています。文化力を産業へと結びつけるのが、ここでの当面の目標ということです。先に、脱工業化社会=情報化社会へのシフトについて言及しましたが、まさにこのコンセプトが実践されようとしています。美術館の立場から言えば、自己完結的な活動から、地域社会との協働、連携の強化が謳われる背景がこの辺りに見出せます。まちに広がることをミッションの一つにしている横浜トリエンナーレにおいても同様です。


さて、三笠市ですが、ここは、炭鉱の街として名を馳せました。炭鉱の歴史は、1870年代にまで遡ることができます。ここでその歴史を詳述しませんが、道内最古の坑内堀炭鉱の一つである北炭幌内炭鉱が1989年(平成元年)に閉山したことで、一気に経済が衰退、人口もピーク時の1950年代の6万人台から1万人台にまで落ち込み、高齢化も進んでいます。こうした状況は、すでに触れたように、大なり小なり日本の地方都市の現状を典型的に表しています。
川俣は、三笠市で廃校となった旧美園小学校を拠点に、周辺の大学生(北海道教育大学岩見沢校アートマネージメント美術研究室、室蘭工業大学建築計画研究室)や一般参加者と一つのプロジェクト「北海道インプログレス」を展開しています。今回調査したときに行われていたのは、このプロジェクトの活動のひとつであり、「かつての炭鉱町の風景をモチーフとしたインスタレーション」を旧美薗小学校の体育館に制作するワークショップでした。

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左:ワークショップ当日、旧美薗小学校体育館の入り口に掲げられた看板(画像提供:コールマイン研究室)
右:作業風景。アートマネジメントと建築を専攻している学生たちと一般の参加者が協働している(画像提供:コールマイン研究室)

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旧美薗小学校体育館内での制作風景。左右の画面中央付近に写る川俣正自らが、学生らを指揮し、ワークショップを進めている

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今回のワークショップで完成した作品。圧巻のスケール!!(画像提供:コールマイン研究室)
 
 
以下、作家自身の言葉に、このプロジェクトの考え方が明快に語られています。


北海道で現代アートのプロジェクトを考える

現代アートのプロジェクトとは、美術館やギャラリー内での展示ではなく、屋外でその地域の人たちとともにアート作品を組み立てていくことです。そしてそのプロセスも同時に体感してもらおうとするものです。
2011年1月22日・23日に北海道近代美術館でアートプロジェクトを考えるトークと、ワークショップを行いました。参加者全員がブレインストーミング (フリートーク)のような形で、思い思いアートプロジェクトを提案していきます。そしてみんなでディスカッションし、将来的に現実可能な活動の方針を決めます。少しずつ、さまざまなアイディアを刷り込みながら、ひとつの活動に集約させていく「インプログレス」の手法を使って、北海道で将来的に現代アートのプロジェクトを展開していきます。

川俣正
(WEB「HOKKAIDO IN PROGRESS」より引用)
 
 
ここでは、直接まちづくりの言葉は見いだせませんが、このプロジェクトの中にある「三笠ふれんず」という支援プログラムは、官主導ではなく民間、それも市民が主導してこの「北海道インプログレス」を継続させ、人々の交流をとおしてまちの活性化を目指そうとする内容になっています。人口が激減する中、税収の減少もあり、こうしたスキームが求められています。

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「北海道インプログレス」では、オリジナルグッズも作成している。「三笠ふれんず」会員になれば、グッズ購入時にも特典がつく。任意団体の活動であっても、人の心を惹きつける工夫が随所に見られる(画像提供:コールマイン研究室)
 
ここには、市民が、当事者として、自分たちの共同体=故郷を再生する、という意識が底辺にあります。まちおこしということで、いきなり外部からアーティストがやってきて活動するのではなく、三笠市出身の川俣正が、その当事者の一人としてこのプロジェクトに取り組む姿は、新しい地域ベースのプロジェクトを実行するうえで一つのあり方でしょう。三笠市は、たまたま出身者としてアーティストの川俣正を迎えることができましたが、こうした例は一般的ではないにせよ、いかに取り組む姿勢に当事者性が求められるか、ということでは、同じではないでしょうか。

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これは、「NPO法人炭鉱(ヤマ)の記憶推進事業団」理事長、吉岡宏高氏が北海道の炭鉱の歴史について解説しているところ。炭鉱の歴史を次世代に伝えながら、この歴史を軸にまちの再生を目指している。こうした地域特有の横の連携も見られた
 
 
日本全体の人口も減少する中、公的な資金でその活動が担保されている美術館もまた、将来に亘って、その原資が供給され続ける保証はどこにもありません。活動の質は保ちつつ、その資金を独自に調達しながら地域への貢献を果たしていかなければならない、という意味では、このプロジェクトと美術館は同じ立場にあると言えます。そして、それは、決して遠い将来の話しではないことを実感しました。


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これは同じプロジェクトのなかでも今回と異なる会場、旧幌内中学校体育館につくられた川俣作品の常設ギャラリー。このギャラリーのある「ミカサ・モダンアートミュージアム」(北海道三笠市)では、川俣と市民のワークショップの形跡も見ることができる(画像提供:コールマイン研究室)
 
 
 
美術と市場

さて、次の調査は、「美術と市場」です。
と言っても、美術作品が市場でどう扱われているか、ということではありません。美術の価値が、市場によって決められてきたことについて再考してみようというものです。

さて、実は、美術館での展覧会にせよ、横浜トリエンナーレにおける展覧会にせよ、その出品作家の選定には、批評的な価値に加えて、市場価値がその選定基準の大きなウェイトを占めています。批評的な価値は専門的ですが、市場的な価値は、すなわち、ポピュラリティーがある、誰もが知っている、ということを保証します。ところで、この美術の価値を決定付けるシステムから逸脱しようとする傾向は、美術館においても、国際的なビエンナーレやトリエンナーレにおいても、しばしば見られます。それは、市場価値にウェイトが置かれすぎると、一種のポピュリズムに陥るからです。将来性や、あるいは、批評性の高い美術が、必ずしもすぐに市場価値として認知されるとは限りません。そのギャップをむしろ、先鋭性として作品選択のコンセプトに据えようとすることは、実際のところ美術館等の活動には必要なことだからです。ところが、先述したような理由から潤沢な予算を確保出来ない昨今、収入に直結する内容に偏る傾向があります。事業の結果も、定質的よりも、入場者数、売り上げ高、といった定量的な要素が重視されがちです。分かり易く言えば、お金に換算されることで、評価が定まるということです。

ところで、筆者は、「貨幣と美術」というテーマについて、2回ほどテキストを書いたことがあります(「『貨幣・死・美術』その1」「『貨幣:死:美術』その2 --無関心性について--」)。この社会は、人の一生、誕生からその死まで、貨幣から逃れることのできないシステムで出来上がっています。普段あまり「金」の話しばかりするのは憚れますが、最終的にはそのお金によってその生が保証されていることから逃げ出すことはできません。それは、貨幣そのものには、素材的な価値が何もないのに、その貨幣=紙切れが沢山あればあるほど高価なものが買えるという状況が、「信用」という目には見えないものによって保証されていることにも起因しています。先ほどふれた「アートと地域」ですが、地域の一員として参画し、その再生に貢献することを期待されるアーティストにとっても、その貢献度を上げることが最終の目的ではなく、作品が高価な額で売れ、市場でも評価され、名のある美術館で個展として取り上げられ、作品も収蔵され、歴史の中に位置づけられることを最終のゴールとしたいはずです。ということは、いずれにしても、アートは、市場に回収される運命にある、と言い換えることもできます。これは、資本主義が本格的に始動する近代以降のシステムが作り上げた事態であるのです。しかしながら、果たして、すべてのアーティストは、そうした市場的価値のために制作しているのでしょうか。

調査対象のもう一人のアーティスト、トヨダヒトシは、そうしたことに無関心なのです。この市場への無関心性は、この作家に限らない態度表明ではないか、というのが、この調査の格好よく言えば、「仮説」です。この作家の作品については、さきほどの「『貨幣:死:美術』その2 --無関心性について--」と、「作品の不在性」というテキストにまとめましたので、ご参考下さい。ただ、なぜ市場に関心を持たないか、という点をここで述べておきたいと思います。

トヨダの作品は写真なのですが、プリントではなくスライド映写機を使って画像を映写する方法を採っています。これは、今はやりのパワーポイントによるデジタル画像の映写ではなく、アナログな方法で、スライドの操作もトヨダ自身が行なうことが鉄則となっています。ですから、本人が居ないことには、映写はできません。つまり、作者の不在が、作品の不在に直結するのです。ということは、端的に言えば、売ろうにも売れない、ことを示しています。こうした事態は、インスタレーションの形式を持つ作品が、展示のインストラクションがない限り、作者の没後にそれを再現することに困難が伴うことと類似しています。ただ、このようなインスタレーションや他の表現領域との形式上の類似性だけでは説明し切れないトヨダ作品の特異性について、少し触れてきたいと思います。これも、また、作品を商品として売買しない理由と考えるからです。

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札幌市立大学の学生に向けて作品を上映するトヨダ本人の姿。参加者全員がトヨダの映写する画像を食い入るように見つめている

《NAZUNA》というトヨダ作品は二時間にも及ぶスライド・ショーですが、その鑑賞後の印象として、そこで取り上げられた人々の間が目に見えない領域で「繋がっている」ことに気づきます。両親の姿、家族のアルバムに登場する本人、日本のアーミッシュの人々、元ホームレスの人々のコミュニティー、檀家を持たない僧侶とその弟子達。これらを結びつけるのは、大文字の利益=経済共同体(ポリティカル・エコノミー)ではなく、モラル・エコノミーの領域、ないしはプライベート(両親、トヨダの個人的人間関係)な生活領域に生きる人々です。肥大化し続けるポリティカル・エコノミーの領域が、伝統的な共同体、あるいは協働型社会を浸食しているのは近代の歴史そのものを体現しているのですが、トヨダはそうした周縁領域に一定の距離を置きながら接するのではなく、むしろ寄り添いながら撮影を続けています。

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札幌市の岩佐ビル屋上でスライド・ショーの準備をする様子。これまで横須賀美術館の芝生の広場「海の広場」に大きなスクリーンを設置して上映するなど、屋外でも作品を発表してきている


ところで、写真は、他の美術の分野と異なり、表現対象と作者=撮影者との関係が、その作品のあり方、ないしは評価そのものに直結する場合があります。だからこそここでも、トヨダの眼差しの先に在るものと、本人との関係に観者は思いを馳せることになるのです。トヨダは、僧侶(この僧侶は事故で他界しますが、その後も、トヨダはその「関係」を継続しようとしています)とも懇意な関係を作ります。アーミッシュの共同体では、労働も厭わない。トヨダは、まるでノマドのように移動しながら、一定の期間、そこここに滞在し、撮影するのです。しかも、そうしたトヨダの「関心」の対象は、一般には「無関心」な対象であり、近代から今日に至るまで、その領域は周縁へと追いやられる一方です。とは言え、こうしたトヨダの眼差しは、社会派リアリズムでもなければ、ルポルタージュでもありません。なぜなら、そうした写真が喚起する言説空間は、ここでは、当て嵌まらないからです。いや、むしろトヨダは、そうした言説を拒絶さえしているかのようです。そうした社会的なメッセージではなく、トヨダによってその視線が注がれる素材の寄る辺のなさ、あるいは、作品自体の不在性の強さにこそ力点が置かれています。

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屋外での上映がはじまり、トヨダが高所でスライド映写機を操作しているところ。足元が、ちょっと、危ない


敢えて言うとすれば、ここにあるのは、ノスタルジーとは言い難い、「失う」ことで喚起される言いようのない焦燥感、あるいは時間の経過の中で生ある立場の人間がいだく、言うなれば「サウダージ」にも似た想いに近いのだろうと思います。つまり、今の自分が感じる空虚感や、生あるものの儚さといった回収しえないものへの強い郷愁や想いでしょうか。
世の中が貨幣に支配され、競争原理によって生き抜かなければならない時代を迎えた時、美術の世界もまた、表現という行為で生きて行くことと別の生活の手段を持ちながら、売る売らない、という貨幣社会から解放されて、ひたすら表現行為を継続する、そういう行為が、これから表現者の一つの形として共有される可能性があるのではないか。このようなことをこの調査を通じて感じました。
 
 
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今回、コラム執筆にあたり、「北海道インプログレス」を支えるメンバーのひとつ、「コールマイン研究室」の菊地拓児氏にご協力いただきました。この場を借りてお礼申し上げます。
このコラムがアップするころはもう終盤に差し掛かりますが、今回取材した「北海道インプログレス 三笠プロジェクト2012」のドキュメント展が「そらち炭鉱の記憶マネジメントセンター」にて開催されています。

「川俣正 三笠プロジェクト2012ー参加学生による報告展ー」
会場:そらち炭鉱の記憶マネジメントセンター
(〒068-0021 北海道岩見沢市1条西4丁目3 TEL0126-24-9901)
会期:2012年9月12日(水)~10月8日(月・祝) 10:00~18:00 火曜休館
 
 
プロフィール

©Hitomi Hayabuchi
天野太郎(あまの・たろう) 横浜美術館主席学芸員

この似顔絵、実によく似ている、が、真面目な話、戦後の日本美術史においては重要な展覧会を企画してきた学芸員。「いい匂い」のする場所には必ず現れるという野生の嗅覚と、「どないすんねん」と関西弁と睨みをきかせた交渉能力によって仕事をこなす。ただし、気づくと地球上のどこかによく行ってしまっている。料理とサッカーが大好き。
大阪生まれ。横浜在住。現在は「ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家」(2013.1/26-3/24)、第5回横浜トリエンナーレ(2014)を準備中。来年度の担当はひみつ。

主な仕事
「戦後日本の前衛美術」(1994)
「森村泰昌展 美に至る病―女優になった私」(1996)
「現代の写真Ⅰ「失われた風景―幻想と現実の境界」」(1997)
「ルイーズ・ブルジョワ展」(1997)
「現代の写真Ⅱ「反記憶」」(2000)
「奈良美智展 I DON'T MIND, IF YOU FORGET ME.」(2001)
「ノンセクト・ラディカル 現代の写真III」(2004)
その他
 「横浜トリエンナーレ2005」(2005)
 「ヨコハマトリエンナーレ2011」(2011)
連載中コラム(2009〜)
 『VIA YOKOHAMA』「アートウェブマガジン ヨコハマ創造界隈」