dOCUMENTA(13)報告(館長 逢坂恵理子)

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ドクメンタとは?
現代美術の国際展として、ヴェネチア・ビエンナーレとともに注目度の高いドクメンタは、5年に一度、ドイツのほぼ中央に位置するカッセル市で開催されてきました。ヘッセン州とカッセル市の出資による有限会社ドクメンタが、運営管理を専任されているのも特徴的です。大学都市のカッセル市の人口は約20万人。毎回指名されるアーティスティック・ディレクターが企画する展覧会は、現代美術の動向を知るひとつの指針ともされており、100日間の会期中は、専門家のみならず、ドイツ国内外から市の人口をはるかに超える来訪者が集結します。

カッセルの芸術アカデミー教授であり、建築家、美術家でもあったアーノルド・ボーデ(1900-1977)は、戦争で破壊されたカッセルの都市計画にも、建築家の弟、ポールとともにかかわっていました。ヒトラーによって退廃芸術の烙印を押されたモダン・アートの名誉を回復し、ナチス政権による迫害と破壊の負の歴史を、同時代の美術によって協調と再生へと転換させ、新たな街を作り上げることが、彼らの意図でした。
ボーテの提唱によって始まったドクメンタの初回(1955)には、退廃芸術とされたエルンスト、マティス、ピカソ、モンドリアン、ノルデ等の作品が展示され、以後、同時代美術の展示が主軸となっていきます。

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ドクメンタ歴代の主会場「フリデリツィアヌム館」 


ドクメンタ13の特徴
13回目のアーティスティック・ディレクター(以下、AD)は、キャロライン・クリストフ=バカルギエフ女史。トリノのカステッロ・ディ・リヴォリ現代美術館のチーフ・キュレーターを経て、2009年からドクメンタの準備にフルタイムでかかわってきました。十分な準備期間と予算に裏付けられながら、国際的なネットワークによる専門チームを編成し、第2次世界大戦で崩壊したカッセルやドクメンタの歴史を紐解きつつ、現代に照射させた構成は、知的かつ示唆に富んでいます。テーマは特に設定していないのですが、戦争、トラウマ、崩壊、対立、復興、再生といったキーワードが随所に見受けられました。
ADの要望で、参加アーティストは、カッセル郊外にある元強制収容所であった場所を事前に訪れる機会を得たそうです。 過去の歴史を縦糸に、創意を横糸に編み出された新作も多いのですが、政治色の強いイデオロギーに陥ることなく、全体に造形的質も高いのはアーティストの力量ともいえます。ただし、作品の背後にある考察や思想、歴史の情報を知ることで理解が深まる作品が多いため、ガイドブックなどで確認することが必要です。

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会場や街中に貼られているポスターのひとつ。今回のドクメンタで特徴的な「dOCUMENTA(13)」のロゴは、「d」は常に小文字で、13はカッコで囲む、文字は黒でどんなフォントで書いてもよい、というシンプルなルールで統一されている。デザインしたのはミラノとNYに拠点をもつデザイナー集団「Leftloft」


意表をつく導入部
まず主会場のフリデリツィアヌム館の最初のギャラリーに足を踏み入れると、作品がないことに驚かされます。空調にしては強い風が吹き出しており、これがライアン・ガンダーの作品とわかるには少々時間が必要でした。人々の意表をつく導入部は最初から何かが始まる予兆を感じさせます。さらに進むと、ドクメンタ2(1959)に出品されたジュリオ・ゴンザレス(1876-1942)の彫刻3点のみが、象徴的に当時と同様に展示されていました。ガランとしたギャラリーの後方に位置する半円形のギャラリーでは、まるで粗と密を対比させるように、古代から現代まで多様な作品が所狭しと並びます。ADの言葉よれば、これはドクメンタの「中枢的展示」だそうです。紀元前の中央アジアの小像、大戦中に描かれたジョルジョ・モランディ(1890-1964)の絵画、ベイルートの国立博物館で紛争時に破壊された彫刻、ヒトラーが住んでいたアパートで撮影されたリー・ミラーの写真など、特有の物語をはらむそれぞれの作品は、戦争や破壊、再生を暗示し、時空間を超えて謎解きのように現代へとつながってゆきます。

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左:オープニングのため来独していたライアン・ガンダー(一番左)。ヨコトリ2011でも美術館に2作品を展示
右:第2回ドクメンタ当時の展示方法を再現したジュリオ・ゴンザレスの作品


時空間をつなぐドキュメンタリー的なアプローチ
過去の史実や過去の作品を介して立ち上がってくる物語から触発され、物故者と参加アーティストを結びつける展開も興味深いものでした。例えば、収容所でリンゴ栽培に従事し、リンゴのスケッチを残した反ナチスの神父、コルビニアン・アイグナ―(1885-1966)に触発され、ジミー・ダーハムはADとともにリンゴの木を植樹し、リンゴジュース瓶のラベルを描いています。またドクメンタ5(1972)で展示される予定だったアリギエロ・ボエッティ(1940-1994)の作品≪地図≫(1971)と、彼が滞在したカブールのホテルに想を得て調査を進めたマリオ・ガルシア・トレスは、70年代のアフガニスタンと現代を結ぶ映像作品を制作しました。

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反ナチスの神父、コルビニアン・アイグナーが残したリンゴのスケッチの一部

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ジミー・ダーハムが描いたラベルのリンゴジュース


また、過去からではなく人間の未来を予見する作品もいくつか見られました。
ムン・キョンウォンとチョン・ジュノは、2人のアーティストしか生存しない未来から人間社会を回顧する映像作品を制作。建築家、伊東豊雄や津村耕祐が参加した自然災害からの復興プランも人間の未来社会への提言のひとつとして展示されています。

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韓国のアーティスト、ムン・キョンウォンとチョン・ジュノによる映像作品


一方、カールスアウエ公園では、森の中の宝探しのように作品との出会いを楽しめます。ソン・ドンはゴミの山を植物で覆い、ピエール・ユイグは堆肥を作る森の一角で、人間、植物、動物、昆虫、バクテリアなど、生態系システムの不確かさを示す不思議な作品を設置しました。

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左:森のなかに置かれたピエール・ユイグの彫刻
右:頭部は蜂の巣で覆われている


日本からの唯一の参加者、大竹伸朗は、ネオンサイン、船、サウンド、日常のオブジェなどを三次元でコラージュした小屋を出現させました。高い木の上に船を設置した様は、3.11も連想させます。

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宇和島でみつけたという「モンシェリー」の看板が目立つ大竹の作品
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小屋の後ろに生える木には、いくつもの船が乗っている


ベトナム戦争を生き抜いたアーティストを収録したディン・チ・レの映像、映画から抜け出たような幽霊を彷彿とさせるアピチャッポン・ウィーラセタクンの大きな白い彫刻も印象的でした。
ジャネット・カーディフ+ジョージ・ビュレス・ミラーは、森の木々にスピーカーを設置し、360度で爆弾投下音や歌声を体感させる作品≪1000年≫と、iPodの指示に従って人々が駅をめぐる体験型作品を発表。かつてカッセル駅から強制収容所行きの列車がでたことも語られます。

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アピチャッポン・ウィーラセタクンの彫刻

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ジャネット・カーディフ+ジョージ・ビュレス・ミラーの作品を駅の構内で体験する人たちの様子。右手前の女性がiPodで音声を拾っている

駅に続くギャラリーでは、ウィリアム・ケントリッジが時間にからめとられる人間の歴史と姿を描き、秀逸でした。ティノ・セーガルの暗闇でのパフォーマンス作品も感覚を揺さぶりますが、その場所はかつてボーデ兄弟が関わったホテルの一角でした。

有機野菜栽培の橋やコミュニケーションを促すレストランや売店、サナトリウムなども緑陰の中の作品として人々を惹きつけます。

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スイスチャードのプランターを積んだバージを橋にした作品

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カールスアウエ公園のなかに作られたレストラン


興味深い作品は枚挙にいとまがないのですが、今回のドクメンタは、戦争を軸とした歴史と政治的背景を検証しながら、時空間をつなぐドキュメンタリー的なアプローチを試み、美術による社会への提言と可能性を示したと言えると思います。


最後に
1895年に始まったヴェネチア・ビエンナーレを筆頭に、世界には、現在大小合わせて200の国際展があるといわれています。開催の趣旨も背景も規模も多様化し、まさに国際展花盛り。ビエンナーレ、トリエンナーレと呼ばれるように、2年ごと、3年ごとに開催される展覧会が大半を占める中で、5年ごとのドクメンタは、特に長期的視点に立ったビジョンの高さが感じられます。会場をまわり、3種類!の刊行物を目にして、大人の運営を実感しないわけにはいきませんでした。


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「ドクメンタ13」 基本情報

会期:2012年6月9日~9月16日(100日間)
開場時間:10:00-20:00
ディレクター:キャロライン・クリストフ=バカルギエフ(Carolyn Christov-Bakargiev)
会場:フリデリツィアヌム館、ニューギャラリー美術館、ドクメンタハレ、オランジェリー宮殿、カールスアウエ公園、カッセル中央駅ほか、カッセル市内各所(ドイツ)
※このほか、カブール(アフガニスタン)、アレクサンドリア/カイロ(エジプト)、バンフ(カナダ)でも関連事業を開催。
HP:http://d13.documenta.de/


プロフィール


逢坂恵理子(おおさか・えりこ) 横浜美術館館長

「帽子をかぶったおじさん」を初めて知ったその日から、現代美術とともに人生を歩んできた女性キュレーター兼館長。どんなシリアスな問題も、軽妙洒脱な洒落を効かせて解決に至るその帝王学は、密かに誰もが知りたいところ。現代美術が普及すれば、世界から争いはなくなるというハイパーな思想をたずさえて、今日も笑顔で大所帯を切り回す。
東京生まれ。東京在住。

主な仕事
「第29回今日の作家展 視えない現実 Invisible Realities」横浜市民ギャラリー(1993)
「ジェームズ・タレル-未知の光へ」水戸芸術館(1995)
「しなやかな共生」水戸芸術館(1997)
「イリヤ・カバコフ展-シャルル・ローゼンタールの人生と創造」水戸芸術館(1999)
「ファースト&スロウ」第49回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館(2001)
「カフェ・イン・水戸」水戸芸術館(2002)
「Living Together is Easy」水戸芸術館(2004)
「人間の未来へ―ダークサイドからの逃走」水戸芸術館(2006)
「アネット・メサジェ:聖と俗の使者たち」森美術館(2008)
「ヨコハマトリエンナーレ2011」(2011)
著書
 『12人の挑戦―大観から日比野まで』茨城新聞社(2002)
 『アネット・メサジェ 聖と俗の使者たち』淡交社(2008)